衰退企業ほど賃金アップに着手すべき理由 (2017/8/23 瓦版)
人手不足解消に必要な逆転の発想
正社員の求人倍率が初めて1倍を超えるなど、いよいよ人手不足が顕在化しつつある。人気業種には求職者が集まりやす一方で不人気業種は集まらず・定着しないの悪循環。その格差は広がる一ばかりだ。そうした中でも、工夫を重ね、業績を向上させている企業はある。
リクルートワークス研究所の城倉亮氏は、今後人手不足が深刻になることが予想される宿泊業を例に挙げ、働き方改革の有効性を訴える。「宿泊業はインバウンドで需要は増加の見込みだが、旅館業では従業員の高齢化が進んでおり、人手不足による経営難が想定される。限られた人員で顧客に高い価値を提供するためのオペレーションが必要で、IT化や運営体制見直しなど、働き方改革による業務のスピード化が求められると同時に、その余地がある」。
働き方改革は、旧来の働き方を抜本的に変革する取り組みとなるため、一筋縄にはいかないが、体質が古いほど、思い切った改革に着手しやすく、なにより実施による大きな効果が期待できる。現状では極めて非効率ゆえに、ドラスティックなワークスタイルのシフトによって生まれるリターンも大きいというわけだ。
持続経営を実現する10のキーワード
そのポイントとして同研究所は、10のキーワードを挙げる。その中に、意外なワードがあった。「賃金の引き上げ」だ。さらに「労働時間の圧縮」もある。つまり、時間当たりの労働生産性を大きく引き上げるということだ。業績に苦しむ企業はまず、コスト削減に目を向け、ともすれば賃金ダウンにも着手しがちだ。だが、人が足りない状況で、賃金が安ければ、サービスの質向上の原資となる人材が集まらない。そうなれば、企業の存続そのものが危うくなり、座して死を待つしかない。
同社の調査では、宿泊施設の接客の年収はサービス業の平均よりも低く、働きに対する評価の満足度も低い。さらに勤務時間の選択肢も、他のサービス業に比べ、非常に少ない結果となっている。あえてここにメスを入れることで、優秀な人材を呼び込み、職場に活力をもたらし、再生を図る、というのが、城倉氏の提案する改革のシナリオだ。
初期投資としては、大きな出費を強いられるが、そこから逆算し、IT化やタスク再構築、原資となるサービス価格のアップなどの実現へ向かう計画を立案。コストとしては無謀にみえても、最重要課題にメスを入れることで、全ての流れをスムーズにする。治療でいえば、部分療法でなく、根治療法で、じり貧の経営を立て直すというわけだ。
成功事例もある。例えば、鶴巻温泉元湯陣屋(神奈川県)は、休館日を週3日設定。無休も珍しくない旅館業では異例だが、人員は正社員を3割弱増やす一方で、パート・アルバイトを75%削減。大胆な休館日の設定で安定稼働を実現している。総人件費が下がった分は、正社員の給与に転換。結果、サービスの質向上にもつながっている。賢島温泉の汀渚 ばさら邸(三重県)ではIT化を促進。顧客データベースの管理に活用し、サービスの質向上につなげ、リピーター獲得に大きな成果を上げている。
人手不足が深刻化する中、企業は優秀な人材の確保に苦しんでいる。不人気業種では状況はさらに深刻だ。だから働き方改革。それは間違ってはいない。だが、課題の優先順位を間違えると、苦しみを増幅させるだけになりかねない。改善レベルではなく、「改革」を断行する以上、ある程度の出血は仕方がない。賃金アップは、後回しにされがちだが、長い目でみれば費用対効果が高い施策であると認知しておいて損はないかもしれない。もちろん、せっかくの投資を無駄にしないために、定着させる企業努力が必須であることはいうまでもない。
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