「逆算」で香りの物語づくり―能登の間伐材でアロマオイル開発 (2017/7/19 70seeds)
木のお風呂に入ったとき、森の中を歩いているとき…。木の香りに、なんとなく癒されたことはありませんか?実は、木から生まれたアロマオイルがあるんです。
ラベンダ―などのイメ―ジが強いアロマですが、ウッディー系の香りも人気があります。
「能登ヒバ」という石川県の能登地区固有の木を使ったアロマオイルが2015年に開発されました。その名も「能登ヒバ精油」。
石川県の県木に指定されている能登ヒバは、建築用の木材で輪島塗の木地にも使われているそうです。数百キロの木材からわずか数グラムしか採油されない希少なオイル。捨てられていた間伐材や枝葉の再活用という思いが込められています。
開発から2年。今、さらなる広がりを見せている「能登ヒバ精油」開発者の市井真太郎さんにお話を伺いました。
「なぜ日本製のものがないの?」国産アロマの第一歩になった能登ヒバとの出会い
――これが能登ヒバ精油なんですね。ちょっとかいでみます。
あっ、すごい。木の香りそのままの匂いですね。ヒノキの香りに似ているけれども、それよりも強力な、鼻が少しツ―ンとするような香りですね。
そうですね。人気のあるウッディー系の香りですが、その中でも独特なものです。外的から身を守るための特有の香りなんだとか。正直、すごくよい匂いというわけではないんです。苦手な人もいるかもしれません。なので、最初は柑橘系の香りと混ぜようかという話もありました。でも、木の香りを活かしたいと思ってこのまま販売しています。
――これは普通のアロマ精製とは違うんでしょうか?
普通のアロマと同じですよ。蒸気を使って香りの成分を蒸留させるんです。
――アロマオイルを作ろうと思ったのには、どんなきっかけがあったのでしょうか。
僕が運営しているアロマスク―ルの生徒さんの「アロマオイルは誰が作ってるんですか?」「なぜ日本のものがないんですか?」という質問がきっかけです。確かに、アロマオイルの中でもラベンダーはフランス製のものが多いんですね。フランス製でもどこの地方のものか、誰が作っているのか、ということは全然書いてないし。
――確かに、日本製のアロマオイルってあまりイメ―ジできないですね。
それで、あえて海外のものを使う必要ないなと思うようになりました。だから日本のアロマで、誰もやってないものを作ったらおもしろいのかなっていうのを、漠然と考えたのがきっかけです。
――日本産の材料の中で、能登ヒバに注目をしたことにはどんな理由が?
ただ作るにしても、売れないとだめですよね。誰に伝わるかが大切なんじゃないかなと。そこでストーリーをどうやって作っていこうと考えました。石川県出身なので、県特有の植物で何かあれば、そこからアロマオイルを作るのもおもしろいなと。ご当地アロマみたいな感じで、47都道府県のアロマができたらいいなって考えたんですね。
――逆算なんですね。
そうです。その一環で、石川県にしか育たないものとか、石川県で推してる植物って何なんだろうと考えました。地域の植物でアロマを作れば、その地域の人の応援や宣伝になるのではないか、とも思いました。それで、出会ったのが県木に指定されている能登ヒバだったんです。でも地元なのに初めて聞いたし、石川県の森林組合連合会にアロマのことを話しても「そんなこと聞かれたことない」と。
――その状況からどのように広がっていったんですか。
そのときに、連合会の人が、傘下にある能登地方の森林組合を紹介してくれたんですよ。能登ヒバが育つ能登地方の森林を管轄しているところですね。そこの部長さんに連絡をとって、見学をさせて頂きました。
足を運んで初めて知った、山林の課題
――そこからはスム―ズに?
いえ。印象的だったのが、アロマオイルを初めて持って行ったときに、部長さんが「飲めるのか」って真面目な顔しておっしゃってきたことですね。「これは先が長いなあ」と思ったのが最初の印象ですね。
――パッとみて、お酒に見えますもんね。
でも女性の方はやっぱりアロマのことをご存じでしたね。「なに言ってんの。これはこうやって、マッサ―ジとか、匂いを楽しむものだよ」って。そんな感じでした。
――現場でお話を聴いて、どんなことが見えてきましたか。
どんどん木の価値が落ちてきているので、ずっと売らないまま木が育っていくんです。そのままだと木の枝で陰が増えていってしまうので、山が駄目になっていく。そのために剪定や間伐が必要になってくるんです。その間伐材や枝葉の処理にお金がかかり、困っているんだと能登の森林組合で伺いました。
――現場の生の声ですね。
間伐材はまだ燃やしてボイラ―で温泉や温室栽培をするような利用法があるようなのですが、枝葉の処理には本当に困っているようでした。そこで、枝葉をもらって、アロマオイルが作れるかどうか実験をはじめたんです。
――実際に枝葉でアロマオイルを作ってみてどうでしたか。
枝葉からつくったら、匂いがすごく悪かったんですよ。虫除けによいのかなあという感じです。癒しに使うのには難しくて。それで、枝葉ではなく建築に使えるものでやってみたりもしました。でも、輸送料や加工代もかかった。開発費がものすごくかさんでしまったんです。
――開発費と香りの兼ね合いですね。
クラウドファンディングがあったから、たまたまできたのではなくて、ちゃんと商品としてできて、インタ―ネットでも売れる。そういう持続性が欲しかったんです。こんな高い開発費だと続けられない。
――そこはどうやって解決したんですか?
森林組合の人に相談したところ、能登半島北部の輪島市の製材所をご紹介して頂きました。そこで、木を切るときに出る能登ヒバのかんなくずをたくさん無料で頂けることになりました。それを使って、やっと原価を抑えて、匂いのよいアロマオイルを作ることができたというわけなのです。完成したのは2015年の2月でした。
――地元の人とつながっているからこそですね。
そうですね。その製材所も簡易なホームページしか持っていないので、検索では引っかからないんですよ。だから直接は調べられないし全く縁もないし。森林組合と関わりを持っていたからこそできたのだと思います。さらに、その製材所の方が主催して「能登ヒバの会」というのを当時やろうとしてたんですよ。能登ヒバつながりの有志の団体ですね。製材所はもちろん、木箱のメ―カ―さん、おもちゃ屋さんとか。
――能登ヒバに関わってる人たちのネットワ―クがすでにあったんですね。
それがあったおかげで、2年前に、石川県で全国植樹祭が行われたときに、能登ヒバアロマオイルを出展することができたんです。製材所の方が「能登ヒバの団体みんなで出させてくれ」と伝えてくれたおかげで僕も混ぜていただけた。木のおもちゃやイス、家はもちろん、サーフボードを作ってる人とか。いろんな人が出展していましたね。
――能登ヒバの会があったおかげですね。
それに、植樹祭に出たことで、今度はアロマを作るときに最初に問い合わせをした石川県の森林組合連合会の人とも面識ができたんですね。「こういう県の事業にも出展するような人なんだ」と見直して頂けました。「そういえば電話してきたよね」って。能登ヒバアロマオイルをホ―ムペ―ジに掲載してくださったりもして、今度はそれを見た全国の人から問い合わせが来たりと広がっていますよ。
――広がりといえば、長野県でもアロマを作っているとか。
そうです。長野県でもアロマオイルを作ろうと思って、最初に目を向けたのがカラマツでした。長野県東部の川上村というところに協力して頂いて、作ってみたんです。
結局、カラマツからはアロマオイルはとれなかったんです。匂いつきのお水はとれたんですけれどね。そこで、川上村の村長さんから長野県のもう少し西のほうにある根羽村と大桑村を紹介してもらいました。根羽村の根羽スギと、大桑村の木曽ヒノキでもオイルを作りました。
――そうか。必ずできるわけではないんですね。
ただ、いつか作りたいですけどね。他に広がり関連でお伝えしたいのは、石川県立翠星高等学校という農業高校とのコラボレーションです。こちらはユズでのアロマオイル開発をしています。僕が監修のような形で協力をしています。僕もなかなか高校生とかとつながれないので、いい機会だなあと思ってやらせて頂いています。
ゲン担ぎの香水から「裏切られた」ことからアロマを知った
――市井さんはどういうきっかけで香りの世界に出会ったんですか?
出会ったのは高校生のときです。最初に使い始めたのは香水ですね。アロマなんて僕の周りにはなかったので。ウルトラマリンっていう香水知ってます?
――知ってます。
当時出たんですよ。そしたら同級生もつけだしていて、みんなで似たような匂いさせて(笑)。だから最初はモテたいとかじゃないですかね。何かかっこいいかもみたいな。そしたら不思議と香水をつけている時に調子がいいんですよね。それからはゲン担ぎのような形で、部活の大事な試合の前とかは必ず香水をつけて。あとは練習の時の用、試合の時用…っていうふうに使い分けていました。
――それからもずっと香水をつけていたんですか。
高校から大学、社会人になっても香水つけてましたね。ネクタイの裏につけて。新規の営業とかもやっいたので、心が折れそうになときに香水が活躍していたんです(笑)
――香水からアロマに興味が移ったのは、どんなきっかけが?
社会人2年目ぐらいの時に、香水をつけていた手首がかぶれてしまったんです。10年以上前かな。ある意味信じていたものだったので、裏切られた気がしました。確かに、あんなにピンクや青色なんだから何かが入ってますよね。
――それで影響が少ないものを、と。
そうですね。でも匂いは好きだから、その中でも安全な、肌の影響が少ないものはないかって本やインタ―ネットで調べました。そうしたらアロマって出てきて。でもなかなか情報がないんですね。そのうちに「アロマテラピ―検定」と出会いました。「あっ、試験があるなら、受ければ分かるだろう」って。1級と2級を一気に独学でとりました。
――なかなかいきなりそこで資格取ろうって思わないですよ。
本当に簡単ですよ。3、4カ月で取れちゃうから、楽しみながら勉強してました。アロマのクラフトなんかも巻末に載ってるんですよ。アロマスプレ―の作り方とか。金融関係の新規開拓営業をしていたので、お客さんには経理の女性の方や社長の奥さんがいらっしゃたんですね。その誕生日に手作りアロマスプレ―をプレゼントしたりしました。
――それはうれしいでしょうね。
他の営業の人の中には、花束をあげる人もいたりするけど、やっぱり手作りっていいじゃないですか。自分では、アロマオイルはお風呂に2、3滴垂らしたりとか。むくみとか、飲み過ぎた後は老廃物流すために、デトックスでジュニパ―ベリ―っていうヒノキ科のものをつかう。肩凝ったなと思ったら、ラベンダ―。おしぼりに入れてぎゅっと絞って、貼ったりとか。自分でやっちゃう。
広がる香りの世界
――最近は、アロマオイルだけでなく、関連の商品も販売しているんですよね。
木のかんなくずも、かわいい袋にいれるだけで匂い袋を作ることができるんですよ。石川県の地元でも結構売っています。ただ、同じ木のキュ―ブとかも、入れ物を変えるだけでもすごくおしゃれになるんです。お箸も製材所の方がくれるものにおしゃれなラベルを作ってみたりとか。
――かわいい。ラベルをつけるだけでずいぶん変わりますね。
ただ、こういうのは、当時はこういうラベルじゃなかったんですけどね。これもブランディングを図って、先月商標登録をしました。全部統一させて。あとは精油を入れる木箱も作りました。地元の木箱メ―カ―を紹介してもらって。ヒバの香りも楽しんでもらえますしね。
――最近はリゾ―ト施設ともコラボレ―ションしているとか。
長野県のリゾ―ト施設さんから「木から取った香りを作ってください」という問い合わせを受けたんです。それでリ―ドディフュ―ザ―を作りました。7月22日にグランドオープン予定です。
――香りを作ったんですか。
その時には全く精油は入ってなくて、完全な合成香料なんですよ。香りが広がる仕様にして作りました。ただ、カラマツの本当の精油はどこかに入れたいと思ったので、川上村のカラマツからとれたアロマの蒸留水を入れました。ディフュ―ザ―の普通の水のところに蒸留水を置き換えたんです。
――蒸留水にもそういう利用法があるんですね。
香りの香料に関しては合成なんですけど、現地で自然の木の香りも感じて、何回も調整して、匂いを作りました。香料会社の人とも話をして。あと担当者の人ともずいぶん話し合いました。
「あれが違う、これも違う」って言いながら。だから、精油そのものではなくて、届けたい香りを大切にしています。値段も安くできますしね。
衣・食・住・「香り」。アロマをファッションのように楽しんでほしい
――今後はどのように活動を広げていくのでしょうか。
アロマを作るだけではなく、ちゃんと世に出すお手伝いをしたいです。パッケ―ジングやクラウドファウンディング、補助金でのお金集めのやり方をお伝えする。1回作ったことで、ノウハウもあるので。あとはパタ―ン化。きっと悩んでることはみんな、お金のことと売り方ぐらいなのかなと思っています。
――なるほど。自分が主役になるのではなく、やってみたい人の支援をしながら、アロマオイルを広げていく。ちなみにアロマについての正しい知識とは、例えばどのようなことですか。
アロマには実は2種類あります、1つ目は広義での「アロマオイル」です。これは、においが付いていればアロマオイルなんです。そして、2つ目の狭義の「アロマオイル」は100パ―セント天然なものですね。いわゆる精油、エッセンシャルオイルと言われているものです。体につけるならばエッセンシャルオイルの方がいいと思います。これは、今の薬機法でも定められていることなんです。
――初めて知りました。
だから100円ショップで売ってるアロマオイルは、石油系の化学合成分に香料を付けてる。イメ―ジは合成界面活性剤みたいな、ああいうのに近いんです。
――ショックですね。
100円というのは、そういう裏がある。でも用途によって全然OKだと思ってます。体につける場合は安全なもの。ペットの臭い消しだとか、車のタバコの吸い殻入れのとこに香り玉入れたりとかいう使い方では、別に100円ショップのものでもいいんじゃないかと思っています。2年前にフランスに行ったとき、現地では安い香水から無農薬の高いものまで一緒に並べられていたんです。
――気軽に楽しんでいるということですか。
そうです。その経験がきっかけで、合成のアロマもうまく取り入れることが必要だなと考えるようになったんです。消費者の方が買いやすく、リピ―トしやすくしないと絶対市場が広がらないと思った。最終的に僕らアロマ業界の人間が楽しむことが目的ではないわけですから。
――敷居を低くするということですね。
そうですね。安いものと高いもので使い分けようと思っても、誰のところで買ったらいいのか分からないわけです。全部通信販売の安い順になってしまう。そうすると、正しく作ってる人が浮かばれなくなってくるでしょ。安く作ってる大手勝ちになっちゃうし。なおさらスト―リ―が消えていって、消費者が翻弄されてしまうんです。
――スト―リ―を伝えるためにどんなことをしたいですか。
専門家として、アロマについての知識を正しく伝えていくような仕事がしたいです。そして香りをファッションと同じぐらいのレベルにしたいと思っています。衣食住、「香り」みたいな。だから「どこまで香りの世界を日常生活の中に落とし込めるか」っていうのは、僕のミッションというか。誰からも言われてないんですけどね。色んな方に声をかけたり、かけてもらったりしながら、アロマの魅力を広めていきたいです。
◇ ◇
【取材コメント】
これまで縁がなかった人たちの協力を得ながら1つのモノをゼロから作るのは、並大抵のことではできません。誠実に地域の人たちと向き合ってきた市井さんだからこそ、その資源を活用して商品をつくり、地域の力を使ってアロマを広められたのではないかと感じました!
- WRITER
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吉田瞳
神奈川県出身。2017年より70seeds編集部。旅と自然が好きです。
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