がんとの闘いに終止符打つため、広く関係者が集い世界水準の「ゲノム医療」推進―厚労省 (2017/3/28 メディ・ウォッチ)
がんとの闘いに終止符を打つために、欧米で既に進んでいるゲノム医療を、我が国の環境に即した形で臨床現場に導入する必要がある。このために、医療関係者、ICTやAIの専門家が一体となってゲノム医療を支えるコンソーシアム(共同事業体)を構築する―。
27日に開催された「がんゲノム医療推進コンソーシアム懇談会」の初会合で、塩崎泰久厚生労働大臣はこのように強調しました。懇談会でゲノム医療推進方策を集中的に議論し、その結論も踏まえて今夏に厚生労働省で「がんゲノム医療推進計画」をまとめる予定です。
医療関係者、メーカー、ICT関係者、患者が協働して世界水準のゲノム医療を推進
ゲノム(遺伝情報)の解析技術が進み、「どの遺伝子にどういった変異が生じると、どのようながんになる可能性が高い」といった知見が蓄積されてきています。これをさらに一歩進め、「Aという遺伝子変異の生じたがん患者にはαという抗がん剤を、Bという遺伝子変異のある患者にはβとγという抗がん剤を併用投与することが効果的である」という情報も明らかになってきています。例えば、肺がんに対する分子標的薬のゲフィニチブ(販売名:イレッサ)は、進行性非小細胞肺がん患者全体で見ると奏効率は27.5%にとどまりますが、このうちEGFR遺伝子に変異のある患者(EGFR遺伝子変異陽性)に限定すれば奏効率は76.4%に達します。また、大腸がん・頭頸部がんに対する抗体医薬のセツキシマブ(販売名:アービタックス)は、KRAS遺伝子陽性患者では効果がなく(さらに言えば化学療法と抗体を併用すると奏効率が落ちてしまう)、KRAS遺伝子陰性患者では化学療法と抗体の併用で奏効率が61.1%に達することが分かっています。
このようにゲノム情報に基づいた最適な治療法の選択が可能になれば、▼治療成績の向上▼患者負担の軽減▼医療費の軽減―などが期待されます。
この点、欧米諸国ではゲノム医療の臨床現場への導入に向けた国家的プロジェクトが動いており、塩崎厚労相は「健康先進国である我が国でも、海外のゲノム分析に頼らず、我が国の環境に即したゲノム医療を早期に患者に届け、がんとの闘いに終止符を打つ必要がある」とし、「ゲノム医療の推進」するためのプロジェクトの発足を決意。懇談会の設置に至ったものです。
塩崎厚労相は、2003年時点ではヒト1人の遺伝情報解析には「13年間・30億ドル」がかかっていたが、現在は「1週間・1000ドル」で済むようになったことを紹介。「科学技術の進歩を加速化し、がんと闘う患者に残された時間を十分意識して、スピーディに実効性の高い治療法を開発することが重要」とも指摘しています。
厚労省はこうした背景を踏まえて、(1)ゲノム医療を支える体制の整備(2)制度面の整備―の2方向からゲノム医療を推進する考えです。懇談会では主に(1)の支援体制整備に関する議論を行います。具体的には、▼ゲノム医療提供支援▼ゲノム医療実用化支援▼研究開発支援―を行う組織(データを集約・管理する)を中心に、「ゲノム医療を実施する拠点」「大学・研究機関」「AI」などが終結した「がんゲノム医療推進コンソーシアム」を構築。コンソーシアムは、▽革新的新薬の開発▽ゲノム研究の推進▽AI診療支援▽ゲノム医療提供支援▽医薬品の適応拡大―などを通じて、がん患者・国民の1人1人に最適な医療(個別化医療)を提供していきます。
今後、例えば「ゲノム医療を実施する拠点」となる医療機関には、どのような役割が求められるのかなどが議論され、「そのために必要な体制や人員は何か」という具体的な基準に落とし込まれることになります。このため現時点ではコンソーシアムの中心となる組織や、実施拠点をどこの医療機関などが担うのかといった具体的な議論にはなっていません。
こうした仕組みを構築する上では、「遺伝情報の集積」が基礎の基礎となります。このため懇談会構成員からは、「遺伝子情報に限らず臨床情報を広く集めるべき」「製薬メーカーなどの民間からの参画も重要である」といった意見が出された一方、機微性の高い情報ゆえに「セキュリティ確保に努める必要がある」との指摘も出されています。さらに患者をサポートするための「遺伝カウンセリング体制の整備も不可欠となる」との意見も出されています。
懇談会の間野博行座長(国立がん研究センター研究所長)は、欧米に立ち遅れている我が国が、「世界をリードする水準のゲノム医療体制を構築する」必要があると指摘。このためには早急に遺伝情報データベースを構築することが不可欠となります。間野座長は、「ゲノム医療体制を『国民皆保険』の下で実現する必要がある」とも述べていますが、この点について厚労省大臣官房の宮嵜雅則審議官(危機管理、科学技術・イノベーション、国際調整、がん対策担当)は、「我が国では、欧米に比べて患者の医療へのアクセスが格段に良い。皆保険体制の下で、ゲノム医療が実現できれば、膨大な量の遺伝情報が早期に集めることも可能となり、欧米に追いつき、追い越せるのではないか」と間野座長の考えを補足説明しています。
医学的に意義のある遺伝子検査、保険適用する方向で検討進める
ゲノム医療推進のための「(2)制度面の整備」は、厚労省内部で検討が進められています。現在、一部の遺伝子検査については保険適用されていますが、がんにつながる変異は多数あり、その多くは保険給付範囲の外にあります。ただし、患者1人1人の遺伝情報をすべて調べ上げるには、膨大なコストがかかり、これを即座に保険収載することは極めて難しいでしょう。
そこで厚労省は、遺伝子検査・ゲノム医療について次のような整理を行う方向で検討を進めています。
(a)薬事的に確立した検査:各医療機関や衛生検査所で「保険診療」として実施してはどうか(一部はすでに実施されている)→【個々の患者へのゲノム変異に基づく医薬品投与】を広く推進していく(均てん化を目指す)
(b)医学的に意義がある遺伝子の検査:一定の要件を満たす医療機関において「保険診療」として実施してはどうか→【AIを活用したゲノム変異に基づく治療方針の決定】や【ゲノム変異情報に着目した医薬品の適応拡大(条件付き承認やインセンティブ付与など】につなげていく
(c)全遺伝情報の検査:一定の要件を満たす医療機関において「保険外併用療養」(先進医療など)として実施してはどうか→【革新的新薬の開発】につなげていく
(b)の検査は、がんに結びつくこと可能性が高いと医学的に考えられる遺伝子変異の項目(NGSパネル)について、次世代シーケンサーと呼ばれる手法で患者個々人の遺伝情報を調べていきます。(c)の検査を進める中で「この検査項目は医学的意義がある」とされたものは、順次(b)の検査リストに導入され、保険給付の対象に追加されます。もちろん今後、医療技術の保険適用範囲を決する中央社会保険医療協議会で、具体的な議論が行われることになります。
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