宇都宮地裁が東電に5300万円の賠償命令、「風評被害」について (2017/3/10 企業法務ナビ)
はじめに
福島第一原発事故による風評被害で売上が減少したとして栃木県のゴルフ場経営会社が東電に対し約8,900万円の賠償を求めていた訴訟で9日、宇都宮地裁は約5,300万円の賠償を命じました。約2年半という長期に渡る風評被害を認定したことは異例とのことです。今回は風評被害について見ていきます。
事件の概要
2011年3月11日の東京電力福島第一原発事故により栃木県那須町のゴルフ場経営会社「那須伊王野カントリークラブ」は営業上の損害を受けたとして東電から翌年2012年6月分までの賠償金を受け取っていました。それ以降は利用者数が回復したとして東電は賠償を打ち切っていましたがゴルフ場側は利益率は低いまま回復していないとして2013年末までの賠償、約8900万円の支払を求め宇都宮地裁に提訴していました。東電側は利用者が1日5時間、年100回プレーしても年間被ばく量は1ミリシーベルトを大きく下回り、健康リスクが高まるものではないとなどと反論しておりました。
風評被害とは
製品やサービス等に関し、世間の評判や噂によって売上等が減少し損害を受ける場合があります。これを一般的に風評被害と言います。実際に当該製品やサービスに問題があるか否かを問わず各種メディアやインターネットにより噂が広がり世間一般にマイナスのイメージを持たれ、売上減少、返品、取引停止等に追い込まれます。通常は工場による公害や原発事故、食中毒といった自己とは関係のない原因から派生し損害を被る点が問題となります。風評被害の事例は一般的に損害を生じさせた、いわゆる加害者に当たる者が複合的に存在することになります。原因となる事故等を発生させた者、それによるネガティブな情報や憶測を広めたメディア、インターネットの書き込み、根拠が不確定な時点で公表に踏み切った行政といった者が複雑に影響を及ぼします。それ故に風評被害による賠償請求は損害額の算定や因果関係の認定等が困難で難しい訴訟になりやすいと言えます。以下風評被害事例に関する裁判例を見ていきます。
風評被害に関する裁判例
(1)富山水銀汚染事件
富山湾に流入する小矢部川に工場廃液を流していた企業に対し、取り扱っていた魚介類が風評被害により取引停止や返品などに追い込まれ損害を受けたとして賠償を求めていた訴訟で富山地裁は次のように判示しております。不法行為が成立するためには「被告らの排出水銀量が相当多量であって・・・食品とするのに適さない・・・と一般に疑わせるに足りる程度の排出量が必要」であるとし、「正しく報道・認識されていたら・・・販売不能には至ら」ず法的責任を認めるべき相当因果関係は無いとしました(富山地裁昭和56年5月18日)。つまり被告に実際に不相当または違法と言えるほどの排出の事実が必要であり、メディアにも責任がある場合は因果関係を認定することが難しいということです。
(2)カイワレ大根O-157事件
1996年に大阪府堺市で起きたO-157による食中毒で当時の厚労省が原因はカイワレ大根の可能性がある旨発表し全国19のカイワレ業者が国に賠償を求めた訴訟で東京地裁は「カイワレが食中毒の原因食材の可能性が最も高いとした判断に不合理な点は無い」として棄却しました。この事例は根拠が不確かな時点で公表した国に対して風評被害による損害の賠償を求めたもので、それによって損害が生じたとしても公表や報道自体に一定の合理性がある場合には責任はないと判断したものと言えます。なお相当の根拠と事実の公共性、報道の公益性があれば名誉毀損に該当しないとする法理に近いものがある言えます。
(3)敦賀原発事件
敦賀原発からの排水に放射能が含まれていると大々的に報道され、実際には有害な汚染は確認されなかったものの魚介類の取引停止や価格の暴落によって損害を受けたとして魚介類仲買業者が日本原子力発電株式会社に賠償を求めた訴訟で名古屋高裁は次のように示しました。「数値的に安全でその旨の公的発表がなされても、消費者が危険性を懸念し敦賀産の魚介類を敬遠したくなる心理は一般に是認できる」「敦賀湾から遠く離れ、放射能汚染が全く考えられない金沢産の魚まで敬遠する心理状態は一般には是認できるものではな」いとし「消費者の個別的心理状態が介在した結果」売上が減少した場合は相当因果関係がないとしています(名古屋高裁平成元年5月17日)。危険性が全く無いものまで敬遠してします消費者心理が認められる場合は因果関係を否定したものと言えます。
コメント
以上のとおり風評被害に基づく損害賠償の事例では、裁判所は事故原因を作った者への請求の場合は風評に見合うだけの原因を作ったかどうかを、発表や報道した国またはメディアへの請求の場合にはその合理性と、介在事情等を考慮した因果関係を重視していると考えられます。本件で宇都宮地裁は、ゴルフ場の利用者は韓国人が総売上の2割を占めており、韓国人が健康被害を懸念し渡航を控えたことによるもので風評被害にほかならないとして約5,300万円の賠償を認めました。今回は東電側に風評に見合う原因を作った事実は認められ、その事実とゴルフ場が被った損害の間に因果関係も認められると判断されたもの考えられます。なお原発事故による場合には原子力損害賠償法という特別法がありそれに基づいて電力会社に請求していくことも考えられます。このように風評被害による賠償請求は原因の存在、報道・発表の合理性、そして損害との因果関係を緻密に証明していくことが必要です。風評被害にあった場合には誰を被告として相手取るかも含めて、事実や証拠を集め、対応を検討していくことが重要と言えるでしょう。
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