認知症JR事故の家族側逆転勝訴が投げかける問題 (2016/3/2 JIJICO)
認知症事故判決 最高裁で家族側逆転勝訴
平成19年12月に愛知県大府市で認知症の男性がJRの駅構内の線路に立ち入り、列車と衝突して死亡した事故を巡ってJR側が男性の遺族に対し起こした損害賠償請求事件について、ついに最高裁が、平成28年3月1日、第一審(男性の配偶者と同居はしていなかったものの男性の介護等に継続的に関与していた長男の責任をいずれも肯定)及び第二審(男性の配偶者の責任のみを肯定)の各判断をいずれも覆し、遺族の責任を認めない判断を下しました。
法律的には監督義務者は原則責任を負わなければならない
まず、民法713条は、「精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない。…」と定めておりますので、加害者に責任能力がなかった場合には、加害者自身が損害賠償責任を負うことはありません。
また、民法714条1項は、「…責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。但し、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りではない。」と、第2項は「監督義務者に代わって責任無能力者を監督する者も、前項の責任を負う。」と定めていますので、加害者の家族が法定監督義務者であったり、又は代理監督義務者であった場合には、責任を負う可能性が出てきます。
従前の裁判例では、夫婦の一方が認知症等の精神疾患に罹患した場合、民法752条が夫婦の同居協力扶助義務を定めていることから、他方配偶者には、基本的にはその生活全般について配慮ないし監督する義務があるものとして、法定監督義務者とされてきました。
判決では今後、損害賠償責任が発生する事案の可能性を示唆
しかしながら、今回の最高裁は、民法752条の同居協力扶助義務について、「夫婦間において相互に相手方に対して負う義務であって、第三者との関係で夫婦の一方に何らかの作為義務を課するものではない」などと解釈し、「精神障害者と同居する配偶者であるからといって、その者が民法714条1項にいう『責任無能力者を監督する法定の義務を負う者』に当たるとすることはできない」と結論付けました。
他方で、法定監督義務者に該当しない場合でも、「諸般の事情を総合考慮して、その者が精神障害者を現に監督しているかあるいは監督することが可能かつ容易であるなど衡平の見地からその者に対し精神障害者の行為に係る責任を問うのが相当といえる客観的状況が認められる場合には、法定監督義務者に準ずる者として、民法714条に基づく損害賠償責任を問い得るとも判断しました。
高齢化社会が進む日本に突きつけられる重い課題
この裁判の事例では、家族は責任を問われないことで最終決着しましたが、最高裁の判断によって、認知症等の精神障害者を抱える家族は、法定監督義務者に該当しなくても責任を問われる可能性があることを明らかにされたわけですから、高齢化社会における家族の責任ないしリスクを考える上で、極めて注目される判決となったことは間違いないでしょう。