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【埼玉ローカル・マニフェスト推進ネットワーク 主権者教育】

第6回 主権者教育の補助教材活用―模擬選挙を通じて予算の使い道を学ぶ機会を得よう (2017/1/31 埼玉LM推進ネットワーク事務局 原口和徳)

 18歳選挙権の導入を受けて、模擬選挙に代表される主権者教育へと注目が集まっています。模擬選挙が生徒たちの政治に対する意識のハードルを下げる機会となるのと同時に積極的な市民として主体的に政治にかかわるためのきっかけとなるように、授業ですぐに使える補助教材(ワーク集)を紹介していきます。

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 なお、本連載で取り上げるワーク以外にも、早稲田大学マニフェスト研究所が編者となって、模擬選挙の事例及び補助教材、海外の主権者教育を紹介する書籍を刊行しています。ぜひ、ご参照ください。

地域とのつながりを考えよう

 本カテゴリーに属するワークでは、自身が暮らす地域のことや、自分と地域とのつながりを発見していきます。今回紹介するワークでは、国・自治体の予算の「使途」を可視化し、他の自治体や過去の状況等と比較することで、私たちの暮らすまちにはどのような課題があり、解決に向けて取り組まれようとしているのかといったことを学びます。そして、それらの取組みが自分自身の想いに適っているのかどうかなど、生徒たち一人ひとりがそれぞれの問題意識を持てるように働きかけていきます。

副教材『予算の使い道を知ろう』より(スライド1)

副教材『予算の使い道を知ろう』より(スライド1)

予算の使い道を知ろう

「若者から労働政策への興味を示してもらっているが、市の予算では年間60万円程度しか労働政策に計上されていない。市議会議員の頃から色々働きかけているが、権限から考えみても市が取り組めることは限られてしまう」

「(ほかの学生と比べてみて)自分の出身地は衛生費の支出の割合が高いことが分かった。ごみの分別回収の徹底とか、まちは環境政策に積極的だと思っていたけど煩わしさも感じていた。けれど、それが特別なことだとわかって、今はすこし誇らしい」

 1つ目の発言は、大学生や高校生に作成してもらった注力分野一覧表を基に、市長選挙の公開討論会で議論を行った際の立候補表明者の方の発言です。

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 2つ目の発言は、大学生との勉強会でそれぞれの出身地の予算の使い道を可視化した際の学生の発言です。

 私たちの日々の暮らしは、様々な行政サービスによって支えられています。

 毎日、起床してから使用する水道に始まり、通勤や通学で利用する道路や信号、子どもたちが通う学校などの施設やそこで働く先生方などの雇用。通勤通学の途中で見かけたごみ収集や、警察や消防などの活動もそうです。病気などで弱った時には社会保障のサービスを利用しています。

 一方、若者たちとまちづくりの話をしてみると、このような行政による活動の存在や、誰(国/都道府県/市町村)がサービスを提供しているのかを認識していないといった意見をたびたび聞くことがあります。

 その結果、フィールドワークや模擬選挙を通じて若者がまちへの気づきや課題意識を持ったとしても、冒頭の公開討論会での出演者のためらいがちな発言のように、適切な対象への政策提言に結びつかないといった事態が生じてしまうことがあります。

 予算は、どれだけのお金を国・自治体が使うか、そのためにどれだけのお金を調達するかを、国民・住民が共同で決めるために作成されるものです。本ワークでは予算の使い道に着目し、私たちが暮らすまちの問題解決に向けて誰がどのような取組みを行っているのかを知り、今後、どのような取組みが望まれるのかを考えるきっかけを作り出していきます。

副教材『予算の使い道を知ろう』より(スライド5)

副教材『予算の使い道を知ろう』より(スライド5)

主権者教育と本ワーク

 私たちが暮らすうえで必要になるモノやサービスの多くは、市場を通じて購入しています。しかし、なかには何らかの理由によって市場を通した提供では、必要な人に必要なサービスが供給されない事態が生じることがあります。例えば、「郊外のまちで『利用者が少なくなり採算が合わないから』とバス会社がバスの運行をやめた後、学生や老人などの運転免許や車を持たない人の移動手段がなくなってしまった」といった事例があります。「お金がなくて赤ちゃんの粉ミルクを買えない」などということも生じてしまったらどうでしょうか。

 このような事態を避けるために購買力ではなく、必要性を満たすために実施されているのが「行政サービス」です。行政サービスには、「行政サービスは必要な人みんなに提供されなければならない」「サービスのための費用はみんなで公平に負担をしなければならない」といった原則があります。そのため、私たちは税金という形で予算全体を支えるためのお金を毎年納めています。

 この時、「何が」「どの程度」必要な人みんなに提供されなければならないサービスであるかについては、私たちの代表である政治家が議会において「予算」として決定しています。そして、予算には限りがあるため、それぞれのまちごとの工夫が凝らされています。

 本ワークで行う予算の使い道の分析からは、まちの特徴や工夫、将来のまちの方向性を確認することができます。主権者として、まちにおけるどの問題の解決に取り組む必要があると考えるのかを、本ワークは生徒たちに問いかけていきます。

本ワークと選挙

 まちの課題を解決するために政策を作り、実施するためには費用が必要になります。選挙公約では、政策と一緒に必要となる費用についても記載されることがあります。しかし、課題を解決するために、何にどの程度の予算を用いる必要があるのかを判断することは容易なことではありません。

 待機児童問題の解消に向けて保育施設を新設することを考えてみましょう。保育定員が何名規模の保育施設を、どの程度の経費で整備することができれば、金額的に妥当かつ、まちの問題解決に貢献できるのでしょうか。

 道路や建物のように長期的な影響を及ぼす取り組みでは、10年後、20年後のまちの姿やそこで暮らす人々のことを考えないと、意思決定をした人と、将来影響を受ける人の意思がすれ違ってしまうかもしれません。

 時として高度な専門性も求められる多様な論点を踏まえ、何を行政サービスの対象とし、そのための費用を税金として徴収するのかについては、議会での議論を経て決定されています。そして、私たちは選挙で政治家を選ぶことによって、間接的に予算の使い道の決定に参加しています。

 本ワークでは、まちの予算の使い方を知ることから始めて、まちの将来像や投票することの意義を考えていきます。

副教材『予算の使い道を知ろう』より(スライド15)

副教材『予算の使い道を知ろう』より(スライド15)

本ワークの進め方

 本ワークでは、対象となるまちの予算の使われ方について、順位表や円グラフを作成し、可視化していきます。そのうえで、他のまちや、過去との比較によって、自身のまちの特徴を発見していきます。

指導のポイント

 予算の使い道を整理してみることで、私たちは行政が多様な分野でサービスを提供していることを発見できます。生徒にとって自分には関係がないと感じるサービスについても、例えば高齢者向けのサービスなどのように、将来自身が介護者として、また介護をされる者として関係を持ってくるサービスがあることを示すことによって、社会に対する生徒の関心や視野を広げていくことが考えられます。

 「行政サービスとして必要なものは時と場合によって変化するもの」であることを示すこともできます。

【参考】国及び地方自治体の歳出の推移

【参考】国及び地方自治体の歳出の推移

 上図からは、国、自治体共に、医療費などの社会保障関係の支出が増加する一方、道路や河川の整備などを行う公共事業関係費用の割合が低下していることが分かります。

 国の平成28年度予算では「一億総活躍社会」の実現に向けて、子育て支援サービスの充実や、介護離職ゼロに向けた介護サービスの充実などが図られることになっています。かつては、「育児」や「介護」は家庭の中で対応するものであり行政サービスの対象となる場面は限られていましたが、現在は行政サービスの対象として、積極的に様々なサービスが必要とする人に提供されるべきと考えられるようになっています。このことは「時間」によって行政サービスの対象が変化したことを示す代表的な事例ですが、同様に都市と農山村などのようにまち(場所)が変わることで変化するものはあるでしょうか。

 他にも、予算には義務的に支払うことが決められている費用が相当程度あり、限られた自由に使うことのできる金額の中でまちごとに工夫が凝らされていることを明らかにすることも、生徒の気づきにつながります。

 国や自治体による財政情報の公開は様々な形で進められていますが、必ずしも読み取りやすい表現になっているとは限りません。本ワークで取り上げたような手法を用いて、予算の使い道を整理し、自分なりの意見を持つように問いかけていくことで、生徒たちがまちの問題に気づき、どの問題の解決に取り組む必要があるのかを考えるきっかけを作り出していくことが期待されます。

(補助教材では各パートについてより詳細な記述をしています。それらについてもぜひご参照ください)

■主要参考文献
神野直彦『財政のしくみがわかる本』岩波ジュニア新書、2007年
村林守『地方自治のしくみが分かる本』岩波ジュニア新書、2016年
小坂紀一郎『一番やさしい自治体財政の本<第一次改訂版>』学陽書房、2007年
定野司『一番やさしい自治体予算の本』学陽書房、2013年
窪田修(編著)『【図説】日本の財政 平成28年度版』東洋経済新報社、2016年
総務省『地方財政白書』
財務省『日本の財政関係資料』

■副教材『予算の使い道を知ろう』(PDF・1.4MB)

なお、本ワークについて、PPTファイルでの共有をご希望の方は、筆者(slmnet.info@gmail.com)まで直接ご連絡ください。

原口和徳

原口和徳(埼玉ローカル・マニフェスト推進ネットワーク事務局)
1982年生まれ、埼玉県熊谷市出身。立命館大学政策科学部卒、中央大学大学院公共政策研究科修了。
地方議会改革の動向調査などを経験したのち、現所属にて公開討論会や市民との協働による検証活動の支援、シティズンシップ教育の研究・提言等を行っています。「(知事選挙における歴代最低投票率ホルダーの)埼玉が変われば全国が変わる」をスローガンに大学生や市民団体と協働して取り組んだ「マニフェストスイッチさいたま」にてマニフェスト賞最優秀賞(市民部門)を受賞(2015年)。blog

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