【LM推進地議連連載/リレーコラム47~地方議員は今~】
第43回 民意と真摯に向きあう地方議会をめざして (2013/7/10 大阪市会議員 川嶋広稔/LM推進地議連会員)
政治山では、政策立案を行う「政策型議員」を目指す地方議員らで構成される「ローカル・マニフェスト推進地方議員連盟」(略称:LM推進地議連)と連携し、連載・コラムを掲載します。地域主権、地方分権時代をリードし、真の地方自治を確立し実践するために設立された団体のメンバーが、それぞれの実践や自らの考えを毎週発信していきます。現在は、全国47都道府県の議員にご登場いただき、地域の特色や問題点などを語っていただく「リレーコラム47~地方議員は今~」を連載しています。第43回は、大阪市会議員の川嶋広稔氏による「民意と真摯に向きあう地方議会をめざして」をお届けします。
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日本の都市づくりを牽引してきた大都市・大阪市
大阪市は、1889年(明治22年)の市制施行から120年以上にわたって、日本を代表する大都市として都市基盤や社会福祉施策の充実など近代都市への道のりを歩み、常に日本の都市づくりを先駆けてきました。面積は223キロ平方メートル、人口が268万人(昼間人口が369万人)で大阪都市圏、京阪神大都市圏の中核を形成しています。市内総生産は19兆円です。
大阪市の予算規模は、一般会計1兆5,163億円、特別会計2兆1,150億円です。市債残高は2005年度(平成17年年度)5兆5,022億円でしたが、市政改革の断行により2012年度(平成24年度)末見込み4兆9,605億円となり、約5,400円の削減を行っています。
大阪市会の定数は86人、5会派と無所属1人で構成されています。市会において運営委員会のもとに議会改革推進会議を常設し、議会改革を継続的に推進しています。
民意は絶対なのでしょうか
グローバル経済、少子高齢化などの社会情勢のもと、今の政治システムが疲弊しているにもかかわらず、何ら打つ手のない政治に対して「とにかく、変えてほしい」という有権者の叫びが政治に対する関心を高めつつあります。
その流れを最も上手に捉えて、これまでの政治家にはない歯切れのよさと、思ったことをズバリ言う本音の発言で有権者の支持を集めているのが大阪市長でしょう。
毎日朝夕のぶら下がりでの記者会見をはじめ、マスコミを上手に活用するとともに、ツイッター等のツールも最大限活用しての情報発信力は、これまでの政治家にはない影響力を持っています。
大阪市という地方自治における二元代表制の中で、当然ながら議会改革は大変重要な課題でありますが、このような市長と対峙(じ)する議会においては、情報公開や市民の政治参加などというレベルの改革を積み重ねたとしても、そう簡単に市長と対抗できるようなものではなく、だからこそ、「民意」に対してこれまで以上に真摯に向きあう議会でなければ、市民からの信頼を取り戻せないと考えています。
まず、ポピュリズム(大衆迎合主義)や、民意絶対主義的な政治を行っている限りは、真の改革を実現することはできないということに気づかなければなりません。本来、代議制民主主義とは、「民意は間違えることがある」ということから、市民が思いつかないようなこと、あるいは市民の思いに反するけれども、長い目で見れば市益や公共の福祉に資することを考えてくれる代表者を選ぶ仕組みだと思います。
それにもかかわらず、「民意は万能で、政治家はそれに黙々と従えばいい」という雰囲気が、市民やマスコミの間にまん延していることは、大変不幸なことであり、政治がその流れに飲み込まれることは、代議制民主主義の本質を放棄してしまうことになりかねません。
梅棹忠夫氏の『人類の未来』をご存知ですか
さて、大阪にある国立民族学博物館の初代館長をされた梅棹忠夫氏という民族学者、文明学者がおられました。約40年前に目次や構成などが完成していたにもかかわらず、未刊の書となった梅棹忠夫氏の『人類の未来』に関して、2011年、NHKの特集番組「暗黒のかなたの光明~文明学者・梅棹忠夫がみた未来」で取り上げられ話題となりました。そのことを紹介したいと思います。
番組が放送された当時、東京の日本科学未来館で「ウメサオタダオ展」が開催されていました。私も東京に出かけた際に見学に行きました。梅棹忠夫氏の未刊の書『人類の未来』の、目次や本文の構成などが書かれた数多くのメモ書が展示されており、その中に、「枯渇」「崩壊」「終焉」「破滅」「暗黒」との言葉が多く散見されました。
これらの言葉は、人類の未来に対する危機感・絶望感の表れだと言われています。なぜ、危機感・絶望感の表れなのか。それは、梅棹忠夫氏がさまざまな場面で語ってこられた言葉から分かります。現代文明の原動力は、科学技術などに対する知的探求心というような欲求・欲望に起因しているということ、そして、科学も人間の「業」のようなものである、との考えを持っておられたからです。東日本大震災での福島原発事故が、その意味を顕著に表しているのではないでしょうか。
そして、『人類の未来』の目次のメモ書きの最後に、「『理性』対『英知』」と書かれています。人間の「業」に起因する人類の未来の「絶望」的な状況を回避するためには、「理性」では乗り越えることはできず、「左脳に対する右脳」「西洋思想に対する東洋思想」のような「英知」でしか乗り越えられないということを示唆されています。
改革に必要なアプローチとは
さて、今の政治、特に地方政治においては財政再建が至上命題になっていることもあり、「民意絶対主義」のもとで「理性」的なアプローチの改革にのみ終始しているように感じます。新自由主義経済的に「市場は正しい」という発想で、すべてを「効率」「合理性」「費用対効果」という金銭的価値観のみで善し悪しを判断する政治こそが正しい政治だと思われています(ミクロ経済学的には「市場の失敗」というものがあるのですが)。
議会改革においても、本来は「政治コスト」にかかわる定数削減、報酬・政務調査費の削減などが「行政コスト」的な発想から議論されることがありますが、本当に正しい判断基準なのかと感じます。
大阪市が進めようとする市政改革についても、大阪市長の言葉を聞いていても、公共の役割を金銭的価値観のみで判断している「ビジネス的な言葉」にしか聞こえず、かつ市民を「消費者」としてしか見ていないように思えてなりません。
さらには、「グレートリセット」という言葉も飛び出したことがありました。パソコンゲームの感覚でこの社会を簡単にリセットできるのか、また、リセットして本当によいのかと考えてしまいます。「リセットする」ということは、日本の歴史、文化、伝統、習慣、価値観などを捨て去るということになりかねません。「民意絶対主義」のもとで、気がつけば、この日本の国そのものを否定するアナーキズム(無政府主義)に突き進んでいることにもなりかねません。
「改革」は当然ながら、大変重要な政治課題です。しかし、新自由主義経済的な思想(もしかしたら単なるビジネス的発想)やアナーキズム(無政府主義)的な思想からだけの「改革」、要は「理性(理屈)」だけを追い求める政治に突き進むと、『人類の未来』にある「枯渇」「崩壊」「終焉」「破滅」「暗黒」のような絶望的な未来に、われわれ自らの力で(自らの思いとは逆に)、近づいて行くことになるだけです。
今こそ、政治家には、「人類の英知」というものに主眼を置き、高い理想や哲学、政治信条、人間観、歴史観、道徳心、礼節や謙譲の心などを持ち、ものの本質を見抜く深い洞察力と問題解決能力、そして常に謙虚さを兼ね備えた行動力が求められるのではないでしょうか。
民意と真摯に向きあう地方議会を目指しして
さて、5月13日以降の、大阪市長の一連の発言による外交問題への波及や、大阪市政の停滞と混乱という状況を見ると、大阪市長の謙虚さを兼ね備えていなかった行動によってポピュリズム(大衆迎合主義)政治の落とし穴にはまったのではないかと感じています。
このことを受け、ついに大阪市会において、5月30日の本会議で大阪市長に対する問責決議案が提出されました。可決されれば、大阪市政において戦後初めての問責決議となるところで、マスコミでも大きく取り上げられました。
前夜までの会派間の協議で、公明・自民・みらい(民主系)・共産の4会派が合意し、可決目前でしたが、翌朝、大阪府知事が記者会見で発言した「出直し選挙」の一言で、前日までの合意が揺らぎ、結果、否決となりました。
この問責決議の内容は、「大阪市政と関係のない一連の発言」によって「市政を大きく混乱させた」ことや、大阪市の国際交流や観光施策への「影響」、「課題が山積し重要な局面を迎えている」大阪市政の現状を鑑みると、「市長としての職責を全うしているとは言い難い状況」になったことに、「猛省」と「政治的責任を自覚した言動」を求めたものでした。法的拘束力もまったくありません。
それにも関わらず、大阪府知事がこの問責決議案があたかも不信任決議であるかのような情報発信をした上で、同知事が大阪市長の出直し選挙に言及し(知事が発言すること自体も大問題ですが)、それに議会が揺らいだということは、劇場型のポピュリズム政治そのものであり、「英知」から大きくかけ離れた議会になっていくのではないかとの危機感を感じています。
この問責決議を契機とし、大阪市会が代議制民主主義の本質を取り戻し、民意に真摯に向き合う新たな大阪市会を取り戻す一歩になると考えていましたが、今回の結果は残念でなりません。
大阪市長の掲げていた最重要課題といわれる「府市の水道統合問題」についても、マスコミには二重行政の象徴といわれる中、将来ビジョンが不透明で市民にはまったくメリットがなく、府民にとっての効果も見えないものであったため、議会において「否決」されました。「交通の民営化問題」に至っては、マスコミからは、交通局の職員に対する地方公務員バッシングが行われ、民営化が正義のように言われていましたが、今回議題とされた条例案が市長への「白紙委任条例」であったこともあり、大都市大阪市の都市経営や都市交通政策の面、市民生活の向上などの長期的なビジョンから、議会では「交通政策特別委員会」を全会一致で可決し設置して、継続審議することになりました。
大阪市会におけるこれらの判断は、二元代表制、代議制民主主義の本質を取り戻し、地方議会・地方議員としての「理性」だけではなく「英知」によって、大阪市会という議会を大きく改革していく小さな一歩になるのではないかとも感じています。
これからも、大阪市長という発信力のある首長と議会との戦いは続いていきます。その中で、民意に真摯に向き合うことのできる地方議会を目指して、大阪市会は変革に向けて産みの苦しみを味わっていくことになります。『暴走する地方自治』(田村 秀著)という著書がありましたが、この大阪市会から地方自治の暴走の流れを止め、地方分権時代の真の地方自治の姿を示すことができればと思っています。
- 著者プロフィール
- 川嶋 広稔(かわしま ひろとし):大阪市会議員:1966年 12月16日生まれ。1985年 大阪府立八尾高等学校 卒業。1990年 関西学院大学 経済学部 卒業。1990年 松下電器産業株式会社(現・パナソニック㈱入社)、1996年退社。その後、家業(印刷業)等を経て、2007年 大阪市会議員 初当選(自由民主党)。現在2期目。文教経済副委員長、交通水道副委員長などを歴任。現在、交通水道委員長。2012年より大阪市立大学 大学院 創造都市研究科 都市政策専攻(都市公共政策分野)修士課程。
HP:“市民派”大阪市会議員 川嶋広稔(かわしまひろとし) の公式サイト
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