「ひげ」での低評価に違法判決、身だしなみ基準について (2019/1/23 企業法務ナビ)
はじめに
大阪メトロの男性運転士2人が、ひげを理由に人事評価を下げられたのは違法であるとして1人あたり200万円の賠償を求めていた訴訟で16日、大阪地裁は計44万円の支払いを命じました。ひげを理由とする減点は裁量権の逸脱としました。今回はひげなどを制限する身だしなみ基準について見ていきます。
事案の概要
報道などによりますと、大阪市交通局は2012年、市職員の服務規程の厳格化を進め男性職員がひげを生やすことを禁止する「身だしなみ基準」を策定しました。
それにより大阪メトロの男性運転士2人は上司からひげを剃るように命じられたもののそれに従わず、翌2013年と2014年の人事評価は最低または下から2番目というものであったとされます。男性運転士2人はこのような人事評価は違法であるとして大阪地裁に提訴していました。
身だしなみ基準とその問題点
一般的に企業の就業規則には就労にふさわしくない髪型や服装などを制限する、いわゆる「身だしなみ基準」が置かれている場合があります。業種によっては従業員の風貌や身だしなみが大きく影響するものもあります。窓口業務や接客業では特に顕著と言えます。
それではより具体的に長髪やひげ、染髪などを禁止することはできるのでしょうか。就業規則でどこまで身なりを制限することができるかが問題と言えます。
身だしなみ基準に関する裁判例
この点に関する裁判例として「イースタン・エアポートモータース事件」(東京地裁昭和55年12月15日)が挙げられます。ハイヤー運送会社で運転手として勤務していた原告男性は就業規則に定められていた「ひげを剃ること」との規定に基づきひげを剃ることを命じられていましたがそれに応じず、会社側から乗務禁止と営業所内待機を命じられておりました。同男性はひげを剃って乗務する義務が無いことの確認を求め提訴したものです。
判決では、服装、ひげ、頭髪に関しては本来的に各人の自由とした上で、企業経営の必要上、容姿、口ひげ、服装、頭髪等に関して合理的な規律を定めた場合、それは労働条件の一部となり従う義務が生じるとしました。そしてひげに関しては、「無精ひげ」「異様、奇異なひげ」など不快感を伴うものを意味するとしました。
つまりその企業にとって必要性と合理性があれば規制は可能ということです。
その他の裁判例
「ひげ」に関する上記裁判例以外にもバスの運転手が制帽を着用せずに乗務しそれを理由に減給処分された事案があります。これについて裁判所はバス事業の公共性から乗務員に制服、制帽の着用を義務付けるのは責任感の自覚と乗客からの信頼性を確保する上で合理的であるとして処分を有効としました(横浜地裁平成6年9月27日)。
またトラックの運転手が髪の毛を黄色く染めたことにより解雇された事案も存在します。この事案では裁判所は主に会社が規制の合理性と相当性を検討した上で行ったかを見たうえで解雇は違法としました。髪の色よりも会社の方針に従わないこと自体を解雇の理由としていたと判断されたと言えます(福岡地裁平成9年12月25日)。
コメント
本件で大阪地裁は、ひげについては原則個人の自由であり、また着脱不能で私生活に影響が強いとし、また服務規程も任意の協力を求めるもので、一律禁止にし違反した場合は低評価とすることは裁量権の逸脱としました。
本件は国や自治体と公務員という憲法が直接的に問題となってくる事案であり一般企業には必ずしも当てはまるとは言えない事例ですが、身なりや服装については憲法13条の人格権によって保障されており基本的には自由であるということは共通と言えます。その上で一般企業はその業種や業務内容などから必要性と合理性の範囲内で規律することが可能とされます。
これまでの裁判例では基本的に「ひげ」についてはよほど奇抜な形や無精ひげと言った顧客に不快感を与えるものでなければ個人の自由としているようです。身だしなみ基準を設ける際には、会社の業種や窓口業務などその従業員が顧客と対面するものであるかなど、業務内容なども吟味した上で規定を設け、処分の際にも単に会社の方針従わないことを理由としていないかなどに注意することが重要と言えるでしょう。
- 関連記事
- 長時間のタバコ休憩で訓告処分、労働契約から考える妥当性は?
- 職場でハイヒール強要は違法?―男女で異なる服装規定について―
- 納得できない人事異動だと感じた時に被雇用者は何ができる?訴訟しかない?
- テクノロジーは人事評価の歪みをどこまで修正できるのか…
- やっぱりそうなの? 約8割のビジネスパーソンがアレを疑問視