日本におけるハラスメント対策について (2018/7/19 企業法務ナビ)
1.はじめに
国際労働機関(ILO)は、2019年にも職場でのセクハラや暴力を防止するための条約を制定する方針を決めました。拘束力を持つ初めての国際基準になる見通しです。被害者が性的暴力の被害を自ら訴える「#MeToo」(「私も」)運動が世界的に広がる中、各国のハラスメント対策を後押しすることになりそうです。そこで、日本において取られているハラスメント対策について見ていきましょう。
2.ハラスメントとは
職場内でのハラスメントで主に問題となるのが、セクシャルハラスメント、パワーハラスメント及び妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントです。
まず、セクシュアルハラスメントとは、対価型セクシュアルハラスメントと環境型セクシュアルハラスメントがあります。対価型セクシュアルハラスメントとは、職場において、労働者の意に反する性的な言動が行われ、それを拒否したことで解雇、降格、減給などの不利益を受けることを指します。
環境型セクシュアルハラスメントとは、職場において、労働者の意に反する性的な言動が行われ、職場の環境が不快なものとなったため、労働者が就業するうえで見逃すことができない程度の支障が生じることを指します。具体的には、事業所内において事業主が労働者に対して性的な関係を要求したが、拒否されたため、その労働者を解雇することなどがこれにあたります。
次に、パワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職場上の地位や人間関係などの人間関係の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与えたり、職場環境を悪化させる行為です。具体的には、皆の前で些細なミスを叱責されるなどがこれにあたります。
そして、職場における妊娠・出産等に関するハラスメントには、「制度等の利用への嫌がらせ型」と「状態への嫌がらせ型」があります。
「制度等への嫌がらせ型」とは、(1)妊娠中及び出産後の健康管理に関する措置(母性健康管理措置)(均等法第12条、第13条)、(2)坑内業務の就業制限及び危険有害業務の就業制限(基準法第64条の2、第64条の3)、(3)産前休業(基準法第65条)、(4)軽易な業務への転換(基準法第65条)、(5)変形労働時間制がとられる場合における法定労働時間を超える労働時間の制限、時間外労働及び休日労働の制限並びに深夜業の制限(基準法第66条)、(6)育児時間(基準法第67条)という(1)から(6)に掲げる制度又は措置の利用に関する言動により就業環境が害されるものです。具体的には、女性労働者が制度等の利用の請求等をしたい旨を上司に相談したところ、上司が当該女性労働者に対し、当該請求等をしないよう言うことなどがこれにあたります。
「状態への嫌がらせ型」とは、(1)妊娠したこと、(2)出産したこと、(3)坑内業務の就業制限若しくは危険有害業務の就業制限の規定により業務に就くことができないこと又はこれらの業務に従事しなかったこと、(4)産後の就業制限の規定により就業できず、又は産後休業をしたこと、(5)妊娠又は出産に起因する症状(つわり、妊娠悪阻、切迫流産、出産後の回復不全等、妊娠又は出産をしたことに起因して妊産婦に生じる症状)により労務の提供ができないこと若しくはできなかったこと又は労働能率が低下したこと、という(1)から(5)に掲げる妊娠又は出産に関する事由に関する言動により就業環境が害されるものです。具体的には、女性労働者が妊娠等したことにより、上司又は同僚が当該女性労働者に対し、繰り返し又は継続的に嫌がらせ等をすることなどがこれにあたります。
3.現行法におけるハラスメント対策
現行法におけるハラスメント対策として、男女雇用機会均等法11条及び11条の2があります。同条11条には企業におけるセクシュアルハラスメントの対策についての規定があり、企業においてはハラスメントが生じないよう事前に対策を講じることやハラスメントが生じた場合は迅速かつ適切に対応することが義務付けられています。
また、男女雇用機会均等法が改正され、平成29年1月1日から、同条11条の2において上司・同僚による職場における妊娠・出産等に関するハラスメントの防止措置を講じることが、事業主に義務付けられました。
4.パワーハラスメントに関する裁判例
現行法においてパワーハラスメントについて直接規制したものはありませんが、損害賠償請求が認められる可能性があります。以下、パワーハラスメントした人だけでなく会社側にも責任が認められたケースを挙げておきます。
【事例1】東京高判平17.4.20労判914号82頁
Xは、A社のBサービスセンター(SC)で勤務するところ、その上司である、Yが、Xに対し「意欲がない、やる気がないなら、会社を辞めるべきだと思います」などと記載された電子メールを、Xとその職場の同僚に送信しました。Xはこのメール送信が、不法行為に当たるとして、損害賠償を求め、訴えを提起した事案です。
(判旨)
本件メールの表現において許容限度を超え、著しく相当性を欠くものであって、不法行為を構成するとしました。その上で、送信の目的、表現方法、送信範囲等を総合すると、賠償金額としては、5万円が相当と判断しました。
【事例2】東京地判平20.11.11労判982号81頁
Y1社では、本来許されないはずの医療的な効能を詳細に述べるセールストークを記載したマニュアルを従業員に配布し、高額商品を販売していたため、国民生活センターに多数の苦情が寄せられていました。Y1社で勤務する正社員Xは、日頃から上記のようなセールストークに疑問を抱き上司に質問を行うなどしていたことから、不平分子とみなされていました。そうした中でXは、Y1社らからいじめ、退職強要を受けたうえ、理由なく退職させられたために腰痛及びうつ状態に陥ったとして、慰謝料との支払いを、Y1らに請求した事案です。
(判旨)
被告会社の専務や上司らによる、罵倒、のけ者行為、降格ないし配転命令等が不法行為にあたるとして、慰謝料請求を認めました。
【事例3】大阪高裁平成24年4月6日判決
塾講師である原告兼控訴人(「原告」という。)が、有給休暇取得を申請したところ、(1)上司が当該有給申請により評価が下がるなどと発言して有給休暇取得を妨害したこと、(2)総務部長や会社代表者らが上司の行為を擁護した発言などが不法行為に当たるとして、上司、総務部長、会社代表者及び会社を相手取り、損害賠償を求めた事案です。
(判旨)
裁判所は、(1)有給休暇取得の妨害、(2)総務部長や会社代表者らが上司の行為を擁護した発言等について不法行為に当たるとして損害賠償請求が認められました。
【事例4】最高裁二小平8.2.23判決
JR東日本(以下「Y社」という。)の現場労働者であり、国鉄労働組合(以下「国労」という。)の組合員であったX職員が、勤務中にバックル部分に国労マークの入っているベルト(以下「本件ベルト」という。)を着用していたため、上司である区長Aは、就業規則に違反する旨述べ取り外すよう命じましたが、X職員はこれに応じませんでした。そのため、区長AはX職員に就業規則の書き写し等の教育訓練を命じたところ、X職員が、本件ベルトの着用は就業規則違反ではなく、また、違反していたとしても、区長Aの命じた教育訓練は正当な業務命令の裁量の範囲を逸脱した違法があり、X職員は同行為により精神的・肉体的苦痛を与えられた等として、慰謝料100万円、弁護士費用10万円の支払いを、区長Aに対しては民法709条(不法行為責任)に基づき、Y社に対しては民法715条(使用者責任)に基づき、それぞれ請求した事案です。
(判旨)
上司が労働者に対して命じた就業規則書き写し等の教育訓練は、目的や態様において不当なものであり、労働者に肉体的・精神的苦痛を与えてその人格権を侵害する違法なものであるとして、上司の不法行為責任及び使用者の使用者責任を認め、両者が連帯して20万円の慰謝料及び5万円の弁護士費用の支払いを命じました。
5.コメント
日本では男女雇用機会均等法でセクハラの防止措置をとる義務を企業に課していますが、ハラスメントの法的定義は定まっていません。しかし、日本では男女雇用機会均等法で日本では、男女雇用機会均等法でセクハラの防止措置をとる義務を企業に課しています。そして、直接的な規制がなくとも裁判において損害賠償請求が認められるケースがあります。
このことからすると、どのような場合にハラスメントにあたるのかを各個人が認識する必要があります。具体的には、ハラスメントを予防するために、ハラスメントにあたるケースを事例集として情報発信する、社員に対しハラスメント研修を実施する等をするとよいでしょう。また、ハラスメントを解決するために、職場内・外に相談窓口を設置し職場の対応責任者を決めたり、行為者に対する再発防止研修等を行うといった環境を整備するとよいでしょう。
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