台湾新政権の親日路線の足かせに? 馬総統の置き土産、「沖ノ鳥島は岩」発言の狙いとは? ニュースフィア 2016年5月17日
台湾は今月20日、現在の国民党・馬英九総統から、民進党・蔡英文新総統への政権交代を迎える。馬総統は任期の終盤に、南シナ海・スプラトリー(南沙)諸島だけでなく、沖ノ鳥島について、台湾の見解をはっきりと主張するようになった。沖ノ鳥島は、国連海洋法条約(UNCLOS)で言うところの「島」ではなく「岩」だとの主張だ。周辺海域での自国の漁業を正当化するというのが第一義だが、日本との間に解決しなければならない課題を設定することで、新政権の政権運営に縛りを与える効果も持ちそうだ。馬総統のこれらの動きは中国を利する可能性がある。
◆南シナ海問題で自国の立場を主張。中国の援護にも?
スプラトリー諸島に関しては、中国やフィリピン、台湾などが権利を主張している。台湾は同諸島中、天然地形としては最大の太平島を実効支配している。台湾はこの太平「島」の周囲に排他的経済水域(EEZ)を将来設定したいと考えている(ウォール・ストリート・ジャーナル紙)。
一方、フィリピンは、南シナ海での中国の権利主張の一部が法的に無効だと確認する狙いで、ハーグの常設仲裁裁判所に国際仲裁手続きを申し立てている。その中で、スプラトリー諸島について、同諸島の地形はいずれも「島」ではないという主張も行っている。これは台湾にとっては受け入れられないものだ。「島」でなければ、周囲にEEZは認められないからである。
そこで、馬総統は1月に自ら太平島を訪問、また3月には海外メディア記者を上陸させるなどして、太平島が「島」の要件を満たすことをアピールしてきた。
さらに、台湾政府と緊密な関係にある団体「中華民国国際法学会」が仲裁裁判所に陳述書を提出し、先月、同裁判所がそれを承認したことが判明した(ロイター)。台湾は国連加盟国でもなければ、UNCLOS締結国でもない。それでも同裁は台湾の陳述を検討するという。
かつて馬総統はこの団体の理事長を務めたことがあり、現在も理事を務めているという。馬総統のスポークスマンはロイターに、陳述書は台湾政府に代わって提出されたものではないが、その所見は政府公式の立場と一致したものだと語っている。
台湾がフィリピンの主張に反対することは、中国にとって追い風となりうる。
◆「沖ノ鳥島は岩だから、周囲で漁をさせよ」という主張
台湾は、太平島に関しては「岩ではなく島」だと主張したが、現在、沖ノ鳥島に関して「島ではなく岩」だと声高に主張している。
4月25日に、沖ノ鳥島周辺の日本のEEZ内で操業していた台湾漁船を、海上保安庁が拿捕(だほ)したのが事の発端だ。これを機に、台湾当局は、沖ノ鳥島は島ではなく、よってその周囲に日本のEEZは存在せず、台湾漁船が自由に操業できる公海だと強く主張するようになった。
現在は、日本のEEZ内に台湾の沿岸警備隊(海岸巡防署)の巡視船などを派遣し、そこで操業する自国の漁船を保護しているという。台湾国営通信社「中央社」ウェブサイト「フォーカス台湾」によると、これらの巡視船は、7日と10日に日本の海上保安庁の巡視船と遭遇している。しかし10日、海保は追尾するだけで、操業中の台湾漁船に対する妨害などは行わなかったそうだ。ただしこのとき遭遇した場所は沖ノ鳥島の南西200カイリとされており、EEZの境界付近だった可能性がある。
台湾の琉球区漁会(漁協に相当)の代表者によると、一部の船主は、巡視船の保護のおかげで、沖ノ鳥島近海でも操業できるようになり、7日分の漁獲量が4日で確保できたと喜んでいるという(フォーカス台湾)。これまで以上に日本のEEZ内で大胆に振る舞うようになっているのかもしれない。
また台湾は海軍艦を付近の海で待機させ、問題が起きた場合には現場に向かい巡視船を支援する態勢を取っているという(同)。
◆台湾はあくまで漁業権という実利目的との見方
このように、台湾は沖ノ鳥島に関して、これまでになく強硬な姿勢を示すようになってはいるが、同時に、対話による解決を求めていることもアピールしている。ウェブ誌ディプロマットは両国が巡視船を繰り出したことについて、その応酬にもかかわらず、冷静さが優勢だったと語っている。そして、台湾当局高官らが、平和的に解決することを望んでいるという旨の発言をしていることを伝えている。
この件に関して、台湾の狙いはあくまで実利にあるようだ。米シンクタンク「ストラトフォー」は、台湾の主要な関心は商業面だと語っている。台湾の水産庁によると、年間100隻以上の台湾漁船が、枯渇してない漁業資源を求めて、沖ノ鳥島近辺まで乗り出しているという。ディプロマットによると、台湾側は日本に対し、この問題を政治的に利用する気も、謝罪を要求する気もないらしい。
台湾が日本を交渉のテーブルに引っ張り出して何を目指しているかというと、沖ノ鳥島周辺海域での漁業協定を日本と結ぶことのようだ(ディプロマット)。これにはすでに前例がある。日本は2013年、尖閣諸島付近の海域について、漁業権をめぐる「日台漁業取り決め」を結んでいる。
馬総統は6日、訪台した自民党の岸信夫衆院議員との会談で、日台がもしこの問題をめぐる争議を解決できないのなら、両国はこの問題を国際調停、仲裁に付託するべきだと語ったという(フォーカス台湾)。すなわち、国際仲裁裁判所に提訴するということだ。台湾が望むように解決できなければ、という脅しのようにも感じられる。日本は、どちらがより国益にかなうかを慎重に検討する必要がある。
また仮に、フィリピンのケースでの仲裁判断の中で、太平島は島であるという台湾の主張が否定される事態になれば、沖ノ鳥島について仲裁を申し立てれば今度は自分たちが優位に立てると台湾側は考えるのではないか。馬総統は、太平島には淡水が湧き、人が居住できることを重要な論拠としている。一方、沖ノ鳥島は人の居住を維持できない。馬総統はこの点を岸議員との会談でも強調していた。うがった見方をすれば、台湾にとって沖ノ鳥島は一種のヘッジとなる。
◆日本との関係が低調だと、それだけ中国に対して強気に出られない?
馬政権のこれらの動きは、20日に発足する次期政権に大きな宿題を残しそうだ。ストラトフォーは、沖ノ鳥島をめぐる日本との緊張のために、海洋問題が、新政権下の台湾の最上位の政治課題であり続けるだろう、と語っている。
民進党は海洋問題には比較的関心が低いにもかかわらず、退陣する馬政権はいまだに、新総統の政策課題を設定する上で投票権がある、とストラトフォーは語り、馬総統が新政権の方針を誘導していると示唆している。
さらにストラトフォーは、日本との関係がぎくしゃくすることで、蔡政権の行動に足かせがはめられる可能性を指摘している。中国は、独立志向の強い民進党の新政権を警戒しており、「一つの中国」を蔡政権に受け入れさせるため、国際的に孤立させて圧迫をかけることも辞さない。だが日台が親密な関係を築くことができれば、中国のそのような試みの効果を打ち消すことができる。
日台関係が強固だと、台湾は中国に対して強気な政策を取ることができる、というのがストラトフォーの読みだ。反対に、日台関係が低調だと、「台湾が中国を怒らせるような行動を取る能力が直ちに制限される」としている。
ひょっとすると馬総統は、新政権発足後も親中路線を継続させたいと考えて、沖ノ鳥島を問題化したのだろうか。