【早大マニフェスト研究所連載/マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ】
第21回 できることから始める投票率向上の取り組み~長野県中野市選挙管理委員会の実践から~ (2014/10/16 早大マニフェスト研究所)
早稲田大学マニフェスト研究所によるコラム「マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ」の第21回です。地方行政、地方自治のあり方を“マニフェスト”という切り口で見ていきます。今回は、「できることから始める投票率向上の取り組み~長野県中野市選挙管理委員会の実践から~」をお届けします。
選挙の投票率向上のためにできることは何か
2015年4月に実施される統一地方選まで、あと半年と迫る中、選挙の投票率の低落傾向には歯止めがかからない状況です。2013年7月に実施された参院選の選挙区での投票率は52.61%と、前回2010年より5.31ポイント下回り、戦後3番目の低さを記録しました。私の暮らす青森県内の選挙でも、2013年10月に行われた八戸市長選挙では28.48%と3割を切り、県内10市史上最低を記録しました。
その中でも、将来を担う若者の投票率の低さは大きな問題です。2012年の衆院選での総務省の年齢階層別の抽出調査の結果によると、投票率が最も低いのは、20~24歳の35.30%、最も高い65~69歳の77.15%の半分以下ということになります。選挙と自分たちの生活との関係性を見出せない、そんな若者が増えています。また、親が選挙へ行かない家の子どもは選挙に行かない、そうした負の連鎖も起きています。
では、選挙の投票率、若者の投票率をアップさせることは無理なのでしょうか。愛媛県松山市では、2013年7月の参院選、11月の市長選において、市内の松山大学に期日前投票所を設置したことにより、20代前半の投票率が、それぞれ2.72ポイント、0.63ポイントと上昇しています。他の年代の投票率が軒並み下がっている中でのアップです。事前に学生のニーズの把握や、大学周辺にも多数の有権者が住んでいるという地域特性、これまでショッピングセンターなどで期日前投票を実施してきた市選挙管理委員会(以下選管)のノウハウ等が、うまく発揮された成果です。
今回は、2014年8月に行われた長野県知事選に際して、投票率向上の取り組みを実践した、中野市選挙管理委員会の事例をもとに、選挙の投票率向上策について考えてみたいと思います。
きっかけは、長野県庁の「職員による政策研究」から
長野県庁の自治研修所では、早稲田大学マニフェスト研究所の全面的な支援により、2013年度から、県職員の政策力の向上を狙い、「職員による政策研究」の事業を行っています。研究を希望する職員が、研究テーマに応じて、市町村職員、民間企業、NPOの職員などをメンバーに加え、チームで県政の課題について政策研究を行うというものです。その研究成果は、政策提言として報告会で発表され、高く評価された提言は予算化などを行い施策に反映されていきます。私も、この政策研究のテーマアドバイザーとして2年間関わらせていただいています。
中野市選管の実践は、2014年度の政策研究の取り組みから生まれました。2013年の参院選で、長野県内19市の中で投票率が最下位だった中野市、その汚名を返上するために、中野市選管の職員、同じく長野県内58町村の中で最下位だった山ノ内町選管の職員、両市町を管轄する長野県庁北信地方事務所の職員9人がチームとなり研究はスタートしました。
中野市選管の長野県知事選での実践
当初研究メンバーは、中野市を含む長野県北信地域が、なぜ県内で投票率が低いのかを詳細に分析することから始めようとしました。確かに、課題解決を行うには、その原因を調べることからスタートします。しかし、8月に知事選、翌年には統一地方選で県議選があることから発想を転換し、できることから実践することとしました。そして、短期的な目標として、県知事選、県議選において「中野市、山ノ内町の投票率最下位脱出」。中・長期的な目標として、「長野県は健康長寿も投票率も日本一」掲げました。
最初に、メンバー全員で自由な雰囲気でブレインストーミングを行い、59項目のアイデアを出しました。それを今度は実現の可能性を冷静に判断し、知事選ですぐにできそうな取り組み、中長期的に取り組むべきもの、実行は難しいものに分類しました。その結果、知事選に際して、中野市を実践のフィールドとして行った取り組みは以下の通りです。
まず、期日前投票所のイメージを一新しました。投票の重要性、特別感を感じてもらうため、投票箱をゴールドにし、そこまでの通路にレッドカーペットを敷きました。投票所にはやさしいBGMを流し、職員はカジュアルな服装、そして笑顔で市民を迎えました。また、夏の選挙でしたので、ウエルカムドリンクとして冷たいお水を用意しました。これまで効率化のために投票所の数を減らしてきましたが、そうした地域を中心に、出張期日前投票所を新たに6カ所開設しました。選挙時啓発として、道路の電光表示や、facebookによる投票の呼び掛け、各種お祭り、イベントでのメンバー総出による投票の声掛けも行いました。常時啓発としては、市内の高校生に期日前投票所の投票事務を体験してもらいました。
正直言って、ゴールド投票箱、レッドカーペッドが、投票率アップに直接つながることはないと思います。しかし、こうした中野市選管の最下位脱出のための試行錯誤の取り組みは、テレビや新聞で大きく取り上げられ、中野市が最下位であることが市民に知られることとなりました。最下位は嫌だという危機感が広がり、間接的に投票行動につながったと思います。結果としても、知事選での中野市の投票率は、19市中14位にアップ、山ノ内町も、58町村中50位と、県内最下位を脱出することができました。こうした実践が評価され、政策研究の発表会では、次年度以降、長野県全体として、中高生の模擬選挙や成人式での模擬選挙など、中長期的にできることを行っていくことになりました。
できることからまずは実践
中野市選管の取り組みから分ることは、できることからまず実践するという姿勢とその本気さだと思います。
有権者が投票に行くかどうかの主要な要因は4つあると思います。1つ目は、選挙が競っているかどうか。候補者や政党の力が伯仲し、自分の投票に重みがあると感じると投票に行く可能性が高くなります。2つ目は、政策の違いが明確であること。マニフェストで具体的な政策が示されると、有権者もその違いを認識し、自分の考えに近い候補者や政党に投票することができます。3つ目は、投票コスト、つまり投票所に行くまでの負担、投票所の利便性の問題です。この部分は、期日前投票制度の定着で、低減が図れてきています。4つ目は、そもそも投票に行くことが、長期的には民主主義の向上、われわれの生活に利益をもたらすといった有権者の意識です。
1つ目、2つ目は、どちらかというと政治家サイドの問題です。行政や有権者側から、すぐにどうにかできない部分もあります。政治家の育成と、政策論争の活性化が必要になります。3つ目の要因は、選管の努力次第でまだまだ改善できる可能性があると思います。それは、冒頭紹介した松山市選管の取り組みからも分かりますし、今回紹介した中野市選管の取り組みでも証明済みです。選管が知恵を絞れば、まだまだ投票率を上げることができると思います。4つ目は、長期的に取り組まなければならないテーマです。未成年模擬選挙(第6回)や子ども議会(マニフェスト学校:むつ市の子ども議会の取り組み)など、常時啓発や主権者教育の取り組みを、選管と教育委員会が連携しながら進めることが重要です。すぐに成果は出ませんが、取り組んだ自治体とそうでない自治体では、将来大きな違いが出てくると思います。
現在、注目されている人口減少の問題と同様、選挙の投票率も対策を打たなければ下がる一方で、勝手に上昇するものではありません。政治家、行政、有権者である国民三者が、危機感を持って取り組まなければならない喫緊の課題の一つだと思います。
◇ ◇ ◇
青森中央学院大学 経営法学部 専任講師
早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員
佐藤 淳
1968年青森県十和田市生まれ。早稲田大学商学部卒業。三井住友銀行での12年間の銀行員生活後、早稲田大学大学院公共経営研究科修了。現在、青森中央学院大学専任講師(政治学・行政学・社会福祉論)。早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員として、マニフェスト型の選挙、政治、行政経営の定着のため活動中。
- ■早大マニフェスト研究所とは
- 早稲田大学マニフェスト研究所(略称:マニ研、まにけん)。早稲田大学のプロジェクト研究機関として、2004年4月1日に設立。所長は、北川正恭(早大大学院教授、元三重県知事)。ローカル・マニフェストによって地域から新しい民主主義を創造することを目的とし、マニフェスト、議会改革、選挙事務改革、自治体人材マネジメントなどの調査・研究を行っている。
- 早大マニフェスト研究所 連載記事一覧
- 第20回 市民との対話が生まれる新しい「議会と市民との意見交換会」のあり方~久慈市議会によるワールドカフェ形式による「かだって会議」の開催~
- 第19回 『ピンチをチャンスに』 不祥事を好機に「新しい地方議会」のあり方を考える
- 第18回 議会事務局研修会2014~分権時代の地方議会を支える事務局とは~
- 早大マニフェスト研究所 連載記事一覧