【龍馬プロジェクトリレーコラム/私はこうして政治家になった】
第8回 No attack, No chance! (2013/5/10 長野恭紘/龍馬プロジェクト)
「地方から日本を変える」を合言葉に、日本全国の国会議員や地方議員などが超党派で集まった『龍馬プロジェクト』。政治山では、龍馬プロジェクトの思いに賛同した若手議員によるリレーコラムを連載しています。メンバーが政治家を志した理由や、彼らが考える日本の政治の問題点など、「熱い思い」をお届けします。第8回は前大分県別府市議会議員で龍馬プロジェクトの長野恭紘氏に、政治への思いを強くしたターニングポイントと、ご自身の信念を綴っていただきました。
◇ ◇ ◇
私の政治の原点。それは28歳で初めて市議会議員に当選した、その後にある。
普通、政治を志す者は、「なぜ政治家になるのか」という理由が先にある。そう考えると私は多少異色なのかもしれない。
私にも強い「想い」がなかった訳ではない。
代議士秘書として故郷を離れ、客観的に故郷を見て、「もっとこうしたら、よいまちになるのに」「なぜもっとこういうふうにしないのだろう」といういら立ちの中で、「自分ならこうする!」という感情を抑えられなくなったから政治を志した。それは間違いない。
無事議員としてのスタートは切れたが、現実の議員活動は高い理想を実現しようとすればするほど、苦しい妥協の連続だった。決定的だったのは、現職市長が海辺に面した市有の一等地に、スーパーを誘致するために行った2006年の出直し市長選挙だった。私は当初から一貫して、「観光地にスーパーを誘致する必要はない」という観点から、反対の立場であった。
その私に、出直し市長選の候補者として白羽の矢が立った。当時、私は議員として1期目、駆け出しの31歳。まして普通の選挙戦とは訳が違う。迷いに迷った末に、私は出馬を決意。
しかし、残念ながら選挙戦には敗れ、海を見渡せる市有地にはスーパーが建設されてしまった。だが、この戦いの過程での利権を巡る醜い争い、裏切りなどを間近で見て、本当の自分自身の政治家としての原点、胆(はら)が固まった。
「政治とは弱い立場にある人のためにある。自らを律し、私利私欲に走らず、公の大きな利益のために、大きな未来のために使命を果たすべきだ」
本当に胆の中から、そう考えることができるようになった。急に目の前に降ってわいてきた出直し選挙から、あの時都合よく逃げ出していたら、今ごろ自身の愚かさにさいなまれ、政治家を諦めていただろう。だから、大きな代償を払った敗戦ではあったが、自分自身の信念を貫くことができ、本当によかったと思っている。
正しいことを正しいと言うこと、またその逆も政治の世界では難しいことだ。大きな理想や目標に向かって突き進んで行けば、必ず壁にブチ当たり、妥協を強いられる。議会はまさにその典型だろう。しかしその中でも少しずつ前進させ、理想に近づけていくのが政治だと思う。
私もよく「若いくせに」と言われることがあるが、正しいことは正しいという真実の前に、若いとか高齢だとかはまったく問題ではない。私は問題の根本にあることを解決したい。そこにいてもいなくても同じだ、という政治家にはなりたくない。そのためには少々無理もする。無謀ともいえる挑戦もする。
しかし、挑戦なくして新しい成果など出るわけがない。
「No attack, No chance!」
大きな公益のために、いつでも迷うことなく身を捨てることができる政治家を、これからも目指したい。
- 著者プロフィール
- 長野恭紘(ながの やすひろ):代議士秘書を経て、平成15年 別府市議会議員 初当選。平成18年 別府市長選出馬も落選。平成19年 別府市議会議員 2期目当選。平成23年 別府市長選出馬も落選。
別府商工会議所青年部 監事・顧問、別府市体操協会 会長、国立大学法人 鹿児島大学 客員研究員。
HP:「長野恭紘(ながのやすひろ)」公式ページ
facebook:nagano.yasuhiro
twitter:@yukihanakun
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