【一歩前に踏み出す自治体職員~ありたい姿の実現を目指して~】
第53回 全職員対話で作った“自分成長”基本方針~長野県須坂市自主活動グル―プSAT+所管課の挑戦 (2019/12/4 長野県須坂市 総務部総務課 行政改革推進係長 北村貴志)
「人材を変え、組織を変え、地域を変える」ことを目的に自治体職員のリーダーを育成する実践的な研究会「早稲田大学マニフェスト研究所 人材マネジメント部会」受講生による連載コラム。研修で学び得たもの、意識改革や組織変化の実例などを綴っていただきます。
SATの成り立ち
須坂市は長野県の北信地方、長野市に隣接する人口約5万人、消防職員を含めて正規職員500人弱、非正規職員600人弱の自治体です。
私たちは2014年にSAT(Suzaka Active Team)というチームを立ち上げました。メンバーは市職員の課長補佐級から一般職員の10人。2週間に一度を目安に集まり、毎回テーマを決めてダイアログ(対話)を実践し、自ら実行できる部分を実行する、という「自主活動グループ」でした。
早稲田大学マニフェスト研究所人材マネジメント部会に参加した職員を中心に立ち上げ、毎年新たに部会に参加した職員がSATにも加わることで、それまでにはなかった新しい視点(立ち位置)でとらえられた須坂市の現状、あるいは将来像などを見つめ直すことができ、私たちの取り組みを考えていく場となっています。
オフサイトからオフィシャルへ
2016年、SATにとって転換期となる提案がその年の部会参加職員から投げかけられました。「自分成長基本方針の策定」という提案です。当市には、2000年3月に作られた「人材育成に関する基本方針」がありますが、これを見直し、改定しようというものです。なぜ「自分成長」という言葉を使ったかは後述します。
私自身、入庁してから10年が経っていたにも関わらず、この基本方針を意識したことはほとんどありませんでした。恐らく私だけではなく、他の職員も同じような状況だったと思います。提案した職員たちは、その最も大きな原因を、「所管する一部署が策定したものだから」と分析していました。どんなに良いものでも、一方的に作って提示するだけでは、相手に納得、腹落ちさせることは難しいということです。だとすれば、これを改定するにあたって何を一番大切にすればいいか。彼らの提案は
「自分たちの成長方針なのだから、職員みんなで作る」
というものでした。この提案はとてもシンプルですが、的を射ていてとても面白い取り組みだと感じました。確かに策定段階から全職員が加わり、各職員が自分も参加して作ったと感じられれば、自分ごとになり腹落ちもしやすくなります。
さらに、SATにとっても非常に意味のある取り組みになると考えていました。それまでオフサイトで活動していたグループが、オフィシャルである組織の方針に直接働きかけることになるからです。実際、この取り組みを始めて以降、部課長級の職員から「そういえば例のグループあるよね」といった形で、触れられることも多くなりました。
基本方針を所管する部署と相談し、所管課とSAT両者にメリットがあると考え、職員の提案から始めて全職員で取り組むという面をできるだけ強く出すために、SATと所管課が一緒になって取り組むことにしました。
拡散フェーズ1:キックオフ
2017年6月、「自分成長基本方針」の策定を開始しました。まずは職員に私たちの想いを伝える必要がありましたが、このスタートが最も大きなカギになるだろうと感じていました。職員数が減少し、どの職場も人員不足を訴える中、全職員に参加してもらって「自分成長基本方針」を策定するためには、誰よりも経営層、そしてリーダー層である市長、副市長、教育長や部課長に私たちの想いを理解し、応援していただく必要がありました。
そこで7月に、まずは部課長を対象にキックオフミーティングを開催しました。1回の開催ではありましたが、部課長級の職員のうち約8割となる44人が参加しました。ここでは、私たちの想いを直接伝えるため、提案した職員が自分の言葉で伝えることに重点を置きました。人材マネジメント部会の出馬幹也部会長にも、その重要性や有効性をお話しいただきましたが、あくまで職員の想いを補完するような立ち位置でお願いしました。
拡散フェーズ2:全職員参加のダイアログ
キックオフの次のステップでは、全職員を対象としたダイアログ形式のワークショップを2017年9月から2018年2月に開催しました。職層ごとに部課長級・保育園長、課長補佐・係長級、主幹・主査以下の3つに分けてそれぞれ2回ずつ開催し(同じ回を複数回開催しているため、開催回数は延べ19回)、延べ約650人が参加しました。ここでは、人材マネジメント部会の伊藤史紀幹事の力をお借りし、次のようなテーマでダイアログを重ねました。
- 須坂市のあるべき姿
- 須坂市の現状
- 市民が求める職員像
- それぞれの職層はどうあるべきか 等々
職員からは、自分の経験から後輩が身に付けたほうがいいスキルや、仕事を進める中で上司に期待するスキルだけではなく、少子高齢化による影響やAI導入による働き方の変化を考えると、10年後に市職員に求められるスキルも変わるといった意見や、人事異動に関する意見も多く出されました。
このフェーズでは、部会参加職員とSATのメンバーは運営側として、ワークショップの準備や出された意見の取りまとめを行いながら、私たちが作る自分成長基本方針のイメージを作っていきました。本務の業務との両立に葛藤する職員もいましたが、本務に与える影響を最小限に抑えながら、それぞれがカバーし合いながら進めました。
収束フェーズ:様々な意見のとりまとめ
ご想像に難くないと思いますが、ワークショップを行うと本当に様々な意見が出されます。この、いわば拡散フェーズにおいて全職員から出された意見を基に、各職層が果たすべき役割は何か、そのためにどんなスキルが各職層に求められるかをまとめ、収束させるフェーズに入りました。全職員ではなく少数で実施した方が効率的だと考え、SATと一般職員有志が担当し、章立てや記載すべき情報の絞り込みを含めて検討しました。
収束フェーズにおいては、そもそも「自分成長基本方針」に掲載すべき情報は何のか、職員はどんなものを求めているのかが大きなポイントになりました。一度目を通して終わってしまうようなものではなく、年に一度は読み返して、自分の将来の姿について見つめ直す機会を持てるようにしたいと考えました。また、職員それぞれに合った成長方針とするためにどんなものにすべきか検討を重ねました。
私たちが目指した「自分成長基本方針」
私たちが目指した「自分成長基本方針」は以下のようなものです。
- 【目指したもの】
- 市役所で仕事をする上で成長の指針になるもの
(各職層で求められるスキルを明確にする) - 自身の成長プランを立て、オリジナルの方針となるもの
- 1年に1回は見返したくなるもの
(見返す必要性を感じるもの)
「1人1人に自分の基本方針を」の考えから、一般的な成長モデルと役職ごとに求められるスキルを示すだけでなく、それらを参考に自分の成長方針を自分で考え、書き込むことができるものとしました。人生や仕事の目標を設け、中長期的に自分がどのように成長していきたいか、そのために今年は何をすべきか。そんなことを考えるきっかけを作りたいと考えました。
一方で次のような課題も見えてきました。これらは人事制度全体に関連する内容ですので、次のステップへの課題と捉えています。
- 【課題】
- 昇進、昇格の判断基準となるべきものであるが、関連付けが不十分
(年功序列によらない昇進、昇格の必要性の検討も必要) - 特定の業務分野での成長を望む職員向けの異動制度などの検討が必要
- 評価の指針としてどう活かすか、その位置づけについて検討が必要
「自分成長基本方針」の運用
当初、2018年度末に公開する予定でしたが、アンケート形式で再度全職員に意見を聞く機会を設けるなど、職員1人1人に自分のものとして感じてもらうためのステップを追加したこともあり、公表時期が2019年度末にずれこんでしまいました。詰めの段階において、SATとしてどこまで所管課の領域に踏み込んでいくべきか迷いの出た部分もあり、オフサイトグループがオフィシャル事業に関わることの難しさを改めて感じました。しかし、それまでの取り組みの火を消さず、所管課とダイアログをしながら完成に繋げられたことはSATとしても良い経験になりました。
策定した「自分成長基本方針」は、部課長会議を通じて全職員に公開する予定ですが、この基本方針自身も成長を続けていくものだと考えています。先にも挙げたとおり、人事制度全体の中での位置づけやどう運用していくか、どう活かしていくかという大きな課題も見えてきました。
変わらない幹(理念)に、時代に合わせた枝葉(スキル)を持たせた「自分成長基本方針」を大きく成長させ、職員の成長のよりどころとなるよう、SATとしても引き続き取り組んでいきたいと考えています。
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- ■早稲田大学マニフェスト研究所人材マネジメント部会とは
- 安倍内閣が目玉政策として進める「地方創生」をキーワードに、「地方」「自治体」のあり方に改めて注目が集まっている。市民との協働や官民連携が重要になっている中で、特に職員の働きが大きな鍵となっている。これまで自治体では民間の手法を用いた「スキルアップ」は数々試行されてきたが、本来的に必要なのは意識改革であり、人や組織を巻き込むことのできる人材が求められている。早稲田大学マニフェスト研究所人材マネジメント部会では「人材を変え、組織を変え、地域を変える」ことを目的に、立ち位置を変え、主体的に動き、思い込みを打破するリーダーを育成することを目指している。