自民党が圧勝し、民主党が惨敗した理由~北川正恭氏インタビュー[前編](2012/12/21 早大マニフェスト研究所)
16日に行われた衆議院選挙は、大方の予想どおり、自民党が圧勝しました。今回の選挙でマニフェスト(政権公約)が果たした役割とは? 民主党が惨敗し、自民党が大勝した背景にあったものは何だったのか? 今回の結果を受けて、われわれ有権者はどうするべきか? これらについて、ローカル・マニフェストによって地域から政治を変える活動を行っている、「早稲田大学マニフェスト研究所」所長で早大大学院教授の北川正恭氏にお話をうかがいました。(政治山)
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今回の選挙における「マニフェストの役割」
「マニフェスト」という言葉を日本語にしたとき、「政権公約」というふうに訳しました。これは、「マニフェストは『政権選択』をするときに参考にする材料や基本資料だ」ということを意味しています。政権選択なので、「マニフェストを用いるのは総選挙に限る」ということです。理論的には、参議院は関係ありません。
ところが、今回の総選挙では「マニフェスト不要論」も言われていました。なぜかと言うと、民主党が衆院選で勝ったとしても参議院に足を引っ張られて、意のままの政権運営ができなかった、というのを見ていたからです。次の参議院選挙があるから、民主党も自民党も控えたのですね。それでは総選挙の意味は何なのか──ということになります。
マニフェストが不要だ、と言われるようになったのは、衆議院・参議院のあり方、制度を変えないといけないという問題があったからです。わざわざ投票しても何の意味もない、ということになれば大問題ですよね。なので、衆参のあり方を根本的に見直せ、という「決められる国会」に変えないといけない。今回の選挙は、こういうことを問題提起しています。だから、「政権選択」というのは大変重要で、自民党も「政権公約」としているわけです。
衆参のねじれの問題は、衆議院の再可決の3分の2条項でどんどん決めていくというふうにしないと、同じ権能を持った院があったら、決まりません。多数決はポピュリズムなので、衆議院で与党に勝たせたら、参議院では野党に勝たせるのです。だからいつもねじれる。それが選挙です。政権選択なので、衆議院で勝ったらその通りにする。それが民主主義なので、それができないとしたら問題があります。だから今回、各党は「言質を取られるから」とマニフェストを控えました。それは、「民主主義の後退」だと思います。
マニフェスト先進国・イギリスから学べ
掲げたマニフェストに沿ってすべてを実現させようとすると、矛盾が出てきます。本来であれば、きっちり準備してからマニフェストを出すべきですが、それでは時間がかかりすぎてしまいます。
ちなみにイギリスでは、党内で十分に議論をし、1年から1年半くらいの時間をかけて作ります。議論を収れんさせているので、当選後に離党する、ということはありません。そして、国民には党内のすべての議論を情報公開するので、賛否が明確になるわけです。だから、国民のマニフェストへの信頼が高いわけです。
多数の議席を獲得し、与党になって内閣を構成しますよね。なので、政権誕生後の3カ月で、マニフェストの「核」のようなことを素早く実行できます。イギリスも日本と同じ二院制。貴族院がありますが、制度が異なります。日本の場合は、参議院が反対するので実行できない場合が多い。これはおかしいです。
日本では総理がよく代わりますが、イギリスはそうではありません。1990年以降、イギリスの首相は4人であるのに対し、日本では15人の総理が誕生しています。日本の場合、機能不全なのが明らかで、1年半くらい議論しないと、体系立った政策が出てきません。なので、大勝・大敗するような「とんでもない暴走」があるわけです。政党政治ですから、「落ち着いて政策をつくるべき」ということを、今回の選挙は見せつけてくれていると思います。
自民党は「攻め」の姿勢を打ち出せたのが大勝の要因
自民党の政権公約では、原発問題についてどうするのかを明言しなかったり、国防軍創設を明言したりしています。そういう政策を出しても大勝した背景には、民主党の「決められない政治」があったからでしょう。さらに、尖閣の騒動や北朝鮮のミサイルの問題があって、強硬路線がプラスに働いたのだと思います。
民主党は中道路線でなかなか言い切れなかった中で、自民党はビシっと言い切りました。民主党は「マニフェストを実行できず、すみませんでした」といった断りから入らないといけなかったですから、戦としては弱い。選挙は、野党の方が有利に進めやすいものです。だから安倍さんは、インフレターゲットや景気を回復しますよ、国は断固守りますよと攻めたところに、勝因があると思います。
結局、国民は「自民党の安定感」に審判を下した、ということでしょう。しかし、今回の自民党の比例区得票は、前回から200万票くらい減らしています。民主党は約2,000万票減らしているので結局、民主党が負けたのですよ。自民党は得票率約43%で、79%の議席をとっています。
このように大きな「振れ」があるというのは、小選挙区制の特徴です。だからと言って、中選挙区制には戻すことはせず、小選挙区制度を整える必要があります。
民主党は「マニフェスト違反」で大敗を覚悟
今回の選挙の結果、民主党が獲得できたのは57議席。公示前と比べ1/4以下になってしまったので、惨敗と言っていいと思います。民主が負けたのは、「マニフェストに載っていないことはやらない」と言っていたのに、実行してしまったからです。今回のようなペナルティ(=結果)は仕方のないことです。マニフェスト違反をしてしまった、という責めを受けたわけですから、今回のような負け方は覚悟のうえだったと思います。投票する側も選ばれる側も、「選挙で約束していたことを裏切ったら怖いですよ」ということが分かったはずです。これは、民主政治にとっては進化だと思います。
これまでは「白紙委任」ですから。有権者との約束が大事だということを、政党は本当に理解しないといけないと思います。白紙委任の結果、1,000兆円の借金ができたのは政治家の責任ですが、チェックをしてこなかった有権者の責任も問われます。主権者である有権者と政治家の緊張感のある選挙、そういう選挙にしていきたいんですよ。そうしていかないと、未来の世代から厳しい批判を受けることになると思います。
今回の民主党の惨敗は、「こういうことをすると、こういう結果になるぞ」というのを見せつけることができました。これは、民主政治にとってはいいことです。
第3極のマニフェストが今回の選挙にもたらしたもの
日本維新の会に関して言うと、彼らが掲げた「維新八策」について、各政党は当初「数値目標などが入っていないので、議論するに値しない」と言っていました。これは「具体的な数値目標が入っているものが、政権公約やマニフェストだ」ということを意味しています。しかし、選挙前に掲げた「骨太」は政権公約ですが、具体的な数値が入っていません。確かに「いつまでにどのような」と明記されていたほうが分かりやすいですが、例えば「参議院不要論」などの議論が起きたことはいいことです。
しかし、「大阪都構想」なども提起されましたが、「実際に進めるにはどうすべきか」ということを書かないと、それは思いつきでしかありません。有権者や政党が「議論される選挙」に持って行くというのは重要なことですよ。
2005年以降、マニフェストは揺れに揺れています。これは、政党が未成熟だから起きることです。政党として体系立てて政策を実行できるのは、公明党と共産党くらい。自民党も民主党も、党員の獲得や政策を理解してもらう努力が足りていません。なので、大揺れなのですよ。マニフェストに関しても、情報公開されたものを党員が厳しくチェックしていないから、「風にあおられて」というのは、既存政党の皆さんは大反省していただきたいと思います。
国政はローカル・マニフェストに学べ
私は、マニフェスト大賞を設けて「ローカル・マニフェスト」の推進、善政競争を推進していますが、地方の議会や自治体は、頑張っていますよ。彼らのローカル・マニフェストをよく読むと、「そうか!」と気づかされることが多々あります。
首長の候補者がマニフェストをきちんと書いて、当選したら「一番読んでいるのは、その自治体の職員。マニフェストが浸透しているので、約束したことはただちに実行できる」ということがある。マニフェストを使う術を持っていないとだめですね。
これらを参考に、国政に関しても、有権者はマニフェストを読んで、自分自身に覚え込ませることが重要です。そうすれば、具体的に変わることも多いと思います。
<後編は2013年1月4日に掲載予定です。ご期待ください>
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- 北川正恭(マニフェスト大賞審査委員長、早大大学院教授)
- 1944年生まれ。早稲田大学商学部卒業後、1972年三重県議会議員(3期)、1983年衆議院議員(4期)、1995年三重県知事当選(2期)。2003年退任後、早稲田大学大学院公共経営研究科教授、「新しい日本をつくる国民会議」(21世紀臨調)共同代表。2004年早稲田大学マニフェスト研究所設立、所長に就任。2009年11月内閣府「地域主権戦略会議」委員に就任。
- ■早大マニフェスト研究所とは
- 早稲田大学マニフェスト研究所(略称:マニ研、まにけん)。早稲田大学のプロジェクト研究機関として、2004年4月1日に設立。所長は、北川正恭(早大大学院教授、元三重県知事)。ローカル・マニフェストによって地域から新しい民主主義を創造することを目的とし、マニフェスト、議会改革、選挙事務改革、自治体人材マネジメントなどの調査・研究を行っている。
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