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【特別対談-後編-平井伸治 鳥取県知事×村木厚子 元厚生労働事務次官】

障がい者アートやパラスポーツを通じて、誰もが「自らの生き方を選択することができる」社会へ (2017/5/19 政治山 市ノ澤充)

 障がい者工賃日本一を目指す平井伸治 鳥取県知事と、障害者自立支援法の制定に尽力した村木厚子 元厚生労働事務次官へのインタビュー記事の後編です。

前編:「保護」から「就労」へ、共に社会を支える障がい者就労を目指して

――大事なのは「やるかやらないか」―そのような考え方のもと、「第2期 鳥取県工賃3倍計画」が策定されたのですね。村木さんはどのようにご覧になりましたか。

村木氏
この計画を読み直して、素晴らしいと思いました。一般就労への移行の重要性、工賃が社会参加の度合いと働きがいを意味するものであること、それに加えて県民所得がどれだけ増えたかなど県の経済全体への影響、月額工賃33,000円の意味は、障害者年金とあわせると生活保護を受けずに暮らせる額であることなど、狭い福祉の守備範囲にとどまらず、県政全体の中での課題が整理され、やるべき理由がまとめられています。これらすべてを知事が書くわけにはいかないので、職員が育っているということなのだと思います。
村木厚子 元厚生労働事務次官

村木厚子 元厚生労働事務次官

「福祉は行政がやるもの」とは限らない

平井知事

それは成功体験の積み重ねのおかげですが、今でも消極的な事業所もあります。障がいは人によって異なり、障がい者にも事情があるため一律には対処できず、個性に応じた導き方が必要です。これらの事業計画をまとめたバックボーンには、普通の会社と同じことを考えることを出発点としていて、できることへの気付きを重視しています。

最近とくに期待しているのは、企業のCSRについてです。企業の社会貢献に対する考え方も変わりつつあり、2020年の東京五輪・パラリンピックに向けた4年間は、決定的に大事な時期になると思います。パラスポーツなどを通じて障がい者の社会参画に関心が集まり、メディアも取り上げ、日本がどう変わるか世界も注目しています。

日本には、なんだかんだでチャリティ文化があまりありません。欧米にはチャリティ文化が根付いていて、皆で浄財を出し支え合うことや、企業なりNPOなりが社会的責任を果たす意識が強いように感じます。一方、日本はどちらかというとドライで、福祉は行政がやればいい、社会は自分自身の利益を追求する場という考え方に偏りがちですが、その境い目が変わろうとしています。

例えば、地域の名前を冠した「〇〇食堂」という飲食店を全国に展開している、フジオフードシステムの経営者(編集部注:株式会社フジオフードシステム 藤尾政弘代表取締役社長)は、できれば国産で、障がい者の農園で育てたものを使ってもらいたい、それが夢だと仰っています。

鳥取県で進める農福連携に関心を持ち、自然の力を活用してハウス内の環境を制御するパッシブ型の農業を拡大し、県としても支援しています。企業が関わることで、障がい者雇用が飛躍的にひろがり、農業政策にもつながっています。職業参加による共に生きる社会作りが進んでいます。

――2020年東京五輪・パラリンピックのお話がありました。どのような変化を期待していますか。

障がい者アートに光を当てるなど、地方からの発信も大事

平井知事

これからのオリンピアード、パラリンピアードに考えなければならないのは、スポーツと文化芸術のことだと思います。村木さんも熱心に取り組んでいる障がい者アートについて、その趣旨に賛同する知事ネットワークに声をかけて、30以上の県が集まって知事連合を作り、障がい者アートを広めようとしています。東京だけでなく地方もかかわることで、障がい者アートに光を当てる契機にしたいと考えています。

またスポーツでも、日本財団と連携して、コカ・コーラウエストパーク(鳥取県立布施総合運動公園)の整備を進めています。ここをパラスポーツのベースとしてスポーツ科学の研究や実践、障がい者スポーツの初心者が参加できる導入的な取り組みから、パラリンピックの選手を目指すような選手まで、広く対応できる拠点を目指しています。

パラスポーツについてはさらに、関係者と意見を交わしたうえで、2016年にはパラ陸上(日本パラ陸上競技選手権大会)を鳥取市で開催しました。大阪以外では初めて地方都市で開催されたのですが、大阪大会よりも観衆が集まり、地域をあげて盛り上がりました。

投資効果に着目するという考え方からは、鳥取県内のタクシー200台を障がい者も利用できるユニバーサルデザイン(UD)に切り替える取り組みを進めています。これが実現すると県内を走る小型タクシーの2分の1(タクシー全体では4分の1)がUDタクシーとなり、これらが空港に迎えに来て、コカ・コーラウエストパークにパラ選手を案内する、そんな事例がこれから増えていくのではないかと期待しています。

関連記事:車いすでも安心、鳥取県がユニバーサルタクシーの配備を促進

平井伸治 鳥取県知事

平井伸治 鳥取県知事

――障害者雇用促進法の改正から1年が経ちましたが、これは地方にどのような効果をもたらすとお考えですか。

企業と福祉の化学反応で雇用を創出する

村木氏

改正雇用促進法では、精神障害の方も法定雇用率の算定基礎となりますが、東京では雇えない、大手企業も雇用を増やしたいけど増やせないという状況が生じつつあります。

これからは東京で雇わずに地域の支店や支社で雇うとか、あるいは特例子会社を地域に作って一般雇用するなどの動きが出てくると思います。その方が通勤も便利で住環境も良く、雇用も不足しているから良いのではないかと。オリパラを機にCSRを考える企業も増えています。

平井知事
特例子会社の地方分散には、私も大賛成です。障がい者の働く熱意もある、関係者の熱意もあります。
村木氏

さらに自治体のバックアップもあるので、企業にとってもものすごいチャンスだと思います。また、お世話になった地域に企業として恩返ししたい、応援したいという企業も増えています。出会いがあって、化学反応が起きて、面白いことができるのだと思います。

――そのようなチャンスに、政府や行政機関はどのような役割を果たすべきなのでしょうか。

村木氏

法制面では関連法規の改正を繰り返していますが、うまくいった制度を伸ばしていくことが大切です。オリパラなどスポーツに限らず、アートも支援すべきで、厚労省だけでなく文化庁やスポーツ庁も一緒に取り組んでいくことになると思います。

鳥取県のようにオリパラの先につながるような制度と仕組みをどのように見つけていくかがさらに大事で、知事も仰っていますが、まだまだやれていないことが多く、試行錯誤です。集中的に資源を投下して、うまくいったものを育てていく良い時期だと思います。

――今回知事が紹介された事業を監督官庁に置き換えてみると、厚労省に文科省、農水省に国交省と多くの組織にまたがっています。組織の縦割りをどのように乗り越えるべきなのでしょうか。

現場が組織を結び付けていく

村木氏

役所はどうやっても縦割りになることは避けられません。しかし、普段は相互に作用しあわないようなところも、オリパラを控えた今は協力できるチャンスだと考えています。

そのためには、現場が力を発揮するしかありません。役所から見て「何ができる、何がやりたい」ではなく、例えば鳥取県で何かやろうとしたときに「何が必要か」を考え、必要なものを各省庁の担当部署からひっぱり寄せて結びつけることが必要なのです。

現場が原点となって行政をくっ付けていくということをしないと、やはり縦に割れてしまいます。これは大きな組織の宿命でもあります。つなぐ際は無理に一つにするのではなく常にネットワークにしておく、役割分担を関係者同士で補い合うといったことを繰り返すのです。

行政組織として、サービスを供給する側からは、本当の意味での連携は生まれません。現場から発信することが何より大切なのです。

――まさしく現場発で縦割り組織を一体化している鳥取県の取り組みですが、工賃3倍計画達成に向けた展望をお聞かせください。

太陽の方を見ていれば、影は見えない

平井知事

計画はまだ道半ばで、やるべきことは山のようにあります。支援を受けている日本財団の笹川陽平会長は「全国の人が鳥取に見に来るような事業所をこしらえていこう」と仰いますが、全国の人に見に来てもらえるような取り組みをしていきたいと思います。

売れるものを提供する、農業や水産業の垣根を超える、企業とも連携する、いろいろな挑戦をしていきます。私が目指したいのは、障がい者は下を向いて生き、それに周りが施しをするような社会ではなく、障がい者も自分の価値に気付き、自らの生き方を選択する、それは出来ることだし、我々はそれを応援する、そんな社会スタイルを作れれば、本当の意味でのパラリンピックのレガシーが生まれてくるのではないかと思います。

Keep your face to the sunshine and you cannot see the shadow.
(顔をいつも太陽の方に向けていなさい。そうすれば影を見ることはないから)

これは三重苦を抱えたヘレンケラーの言葉ですが、皆が光の方を向いて、自分の人生を踏み出していけるように、社会全体でサポートしていくモデルを鳥取から作っていきます。

平井伸治知事(左)と村木厚子氏

平井伸治知事(左)と村木厚子氏

――今の知事のお話を受けて、これからの障がい者雇用と福祉政策について、村木さんから最後に一言お願いします。

自分たちが行動すれば結果は変えられる

村木氏

2011年の障害者基本法の改正の際、当事者の意見に基づいて「福祉の増進」という文言をすべて削りました。「障がい者は福祉を受けて生きる人というイメージを払拭したい」、「福祉を否定するものではないが、自分たち(障がい者)も共に社会を支えるメンバーである、そのことをみんなに分かってほしい」と願ったのです。その志に心を打たれました。そこで共生社会という概念のもと、法律の目的からすべて書き直しました。今後もそういったスタンスが貫かれることを期待します。

地方においては、支え手が減っていく中でこんなに心強い味方はないと思います。知事が仰る通り、障がいは人によって異なります。一般雇用の場にも福祉の場にも、その人が本当に能力を発揮できる場所をどれだけ作れるか、一般雇用と福祉を行ったり来たりすることも出来るように、そんな場所をつくっていくことが行政サイドから見ると使命だと思います。

ヘレンケラーの言葉を受けて私が思い出したのは、NHK「心と脳の白熱教室」で見た「サニーブレイン」という言葉です。英オックスフォード大学のエレーヌ・フォックス教授の著書『科学は人格を変えられるか?』(英語タイトルは『Rainy Brain, Sunny Brain.』)ではサニーブレイン(楽観脳)とレイニーブレイン(悲観脳)が紹介されています。

ポジティブに受け止めたり、ポジティブに考えたりすることも大事ですが、それは決定打ではなく、ポジティブに行動することこそが大事だとする考え方です。

まずはやってみる、それもしつこく、粘り強く努力する、うまく行くかどうか、結果を決めるのは自分だ、人生を主体的にコントロールしている気持ちを持つことが大事だと言っていたのが印象に残りました。

福祉の問題も同じで、とにかく努力する、粘り強く続ける、大事なのは「自分たちが行動すれば変えられる」と信じることで、そうして初めて前に進むのではないでしょうか。

――平井知事からも最後に一言、お願いします。

平井知事

今日初めて、村木さんが『名探偵コナン』のファンだと伺いました。次回は是非、鳥取砂丘コナン空港でお会いしたいと思います。

「真実はいつもひとつ」、障がい者が暮らしやすい社会は、誰もが暮らしやすい社会でもあります。障がい者と共に生きる社会を作っていきましょう。

――お二方とも、本日はありがとうございました。

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