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全国市区選管調査2018―ICT活用の課題は財源とセキュリティポリシー (2018/12/12 東北大学准教授 河村和徳)

関連ワード : ICT セキュリティ ネット投票 制度 調査 選挙 

 品田裕神戸大学教授、湯淺墾道情報セキュリティ大学院大学教授、そして私の3人は、2017年度末、全国794市区の選挙管理委員会(以下、選管)に対し、「2017年衆議院総選挙 選挙管理実態調査(以下、全国市区選管調査2018)」を郵送法で実施しました。

 この調査は、2017年度電気通信普及財団研究助成「自治体セキュリティ環境はインターネット投票のハードルとなっているのか?-共通投票所導入から紐解く選挙管理におけるICT活用の課題」の一環として行われたものです。97.7%の市区選管から、回答をいただきました。

 この調査において、私たちは投票環境向上に関する市区選管の取り組み状況や選挙管理におけるICTの活用などを質問しています。それは、私たちが、在外選挙におけるネット投票導入の方向性を提示した総務省「投票環境の向上方策等に関する研究会」(磯部力座長)の委員を務めており、そこでの議論に利用することが調査目的の1つだったからです(研究会で報告した資料は総務省の研究会のサイトで閲覧できます)。

 ここでは、この調査で得られた結果の一部を、読者の皆さんにご紹介したいと思います。

12月のネット投票セミナーに登壇する河村准教授(左から2人目)

12月のネット投票セミナーに登壇する河村准教授(左から2人目)

共通投票所の導入を阻んでいる要因

 2016年参院選から、共通投票所投票制度が導入されました。共通投票所を導入する選管は少しずつ増えていますが、多くの選管が導入に慎重な立場を採っています。どうして、共通投票所の導入に慎重なのでしょうか。

 図1は、共通投票所を導入していない選管に「仮に導入するとしたら何が導入を阻む壁になるのか」とした問いに対する回答結果(多重回答)を図にしたものです。

 この図から、「共通投票所の設置にかかる費用」が懸念材料になっていることがわかります。二重投票の防止対策など、共通投票所を導入することで必要となる追加費用を選管の多くが懸念しているのです。また「選挙無効リスク」を気にしている選管も一定程度いることもわかります。電子投票のトラブルで選挙が無効となった岐阜県可児市の事例など、電子投票のトラウマが選管内部に残っているようです。

 導入事例が増えれば、共通投票所導入に対する懸念は払拭されていくと思います。導入費用・維持費用をどう抑えていくか、それが導入自治体を増やす鍵になっているのです。

図1 共通投票所の導入を阻んでいる要因

図1 共通投票所の導入を阻んでいる要因

 なお過去に政治山が島根大学と実施した合同調査の結果でも、財源がネックとなっていることが指摘されています。

第5回自治体アンケート「共通投票所は次世代型投票所への一歩」島根大学合同調査より

整備が進んでいる選挙名簿のオンライン対照システム

 期日前投票所が市役所と大型ショッピングセンターの2カ所に設置されているような自治体では、市役所で投票した有権者が、ショッピングセンターの期日前投票所に現れて投票しようとするかもしれません。もし期日前投票所間で投票済み記録を共有していなければ、既に投票した有権者に投票用紙を渡してしまうかもしれません。

 二重投票の防止策として、投票済みであることを電話で伝えるという方法がありますが、期日前投票所が複数設置されている自治体は、基本的に人口が多い市です。期日前投票所に大量の有権者が訪れる中で、逐一電話でやりとりすることは効率的ではありませんし、ミスが起きる可能性も高くなります。もし選挙人名簿をオンラインで対照できればスマートに行えます。

 図2は、選挙人名簿のオンライン対照システムの導入状況に関する回答結果を図示したものです。既にオンライン対照システムを導入した選管の多いことがこの図からわかります。ただ、投票日当日も活用しているところは少ないようです。

 共通投票所の導入には、選挙人名簿のオンライン対照システム導入は必須です。多くの自治体で期日前投票レベルで選挙人名簿のオンライン対照が可能になっていることを考えると、投票日当日に用いられる投票所と本庁舎の間をオンラインでつなげることができれば共通投票所を導入できる自治体は増えると思います。

図2 選挙人名簿のオンライン対照システムの導入状況

図2 選挙人名簿のオンライン対照システムの導入状況

マイナンバーカード活用に対する懸念

 インターネット投票を実施するにあたり、いわゆる選管が構築しなければならない選挙情報システムは、(1)インターネット上で本人確認するシステム、(2)投票に関するシステム、(3)開票システムです。また、有権者に対し公の立場から情報提供するシステムも検討する必要があると考えられます。

 在外選挙におけるインターネット投票が可能と報告した投票環境の向上方策等に関する研究会の2018年8月報告では、それを行うにあたってインターネット上の本人確認にマイナンバーカードを利用することを想定しています。

 ただ、マイナンバーカードの活用に選管は懸念を持っているようです。図3をみると、「セキュリティに懸念を持っている」という選管が40%以上いることがわかります。また、「カードを利用するにあたっての財源確保に懸念がある」と答えた選管は7割を超えます。やはりマイナンバーカードを活用するにあたって、財源問題は避けて通れないようです。

図3 マイナンバーカードの利用に対する懸念

図3 マイナンバーカードの利用に対する懸念

多くの自治体で無線LANが活用できない現実

 日本の選挙管理でICTを活用するにあたり、財源をどう手当てするかが課題であることは、ここまでの話から理解できると思います。ICTを活用するにあたっては、導入費用や維持費用を抑える必要があります。

 そのために有効な手段として利用できるのが、無線LANの活用です。現在、小中学校の体育館の多くが投票所として利用されています。しかし、小中学校の校舎まではインターネット回線は通じているものの、体育館には回線がつながっていないというところは少なくありません。選挙人名簿のオンライン照会を投票日当日に活用していないところが多いのは、投票所に回線がつながっていないからにほかなりません。

 選管関係者と話をすると、「校舎と体育館を回線でつなぐにあたっては有線で」という声をよく耳にします。有線で引くとなれば、工事費用がかなりかかります。おそらく図1の結果はこの事実を指しているのでしょう。

 もし無線LANが活用できれば、導入費用はかなり抑えられると思いますし、平川市が共通投票所導入にあたり、導入費用抑制のため、無線接続を利用しています(前出、政治山調査)。

図4 無線接続を利用した情報システムの構築状況

図4 無線接続を利用した情報システムの構築状況

 しかしながら、調査からわかったのは、無線接続を活用できる自治体は限られているというものでした。「無線接続をすることが可能で、すでに利用している」というところは4.7%、「選挙管理では利用していないが、それ以外のところで利用している」というところは7.7%しかありませんでした。

 その理由としてもっとも多かったのは、「自治体の定めているセキュリティポリシーによって利用は難しい、もしくは不可能」という回答で39.4%でした。セキュリティポリシー的には可能であるが利用していない」というところもほぼ同じぐらいの回答がありました。

 自治体が定めるセキュリティポリシーは自治体ごとによって異なります。無線LANの活用にあたり、自治体によっては、財源の手当ての議論だけでは不十分で、セキュリティポリシーの見直しから議論しなければならないのです。

 余談ですが、選管事務局側から見て、セキュリティ担当部局が無線接続に対してどのような姿勢であると感じているのか、質問してみました。「セキュリティ担当部局が無線接続の利用に否定的・消極的」と認識している選管は少なくないようです。

図5 選管側から見たセキュリティ担当部局の無線接続に対する姿勢

図5 選管側から見たセキュリティ担当部局の無線接続に対する姿勢

調査結果を受けて

 調査を行っての最大の発見は、「セキュリティポリシーが選挙におけるICT活用の足かせになっている」という事実でした。自治体によってセキュリティポリシーが大きく異なっており、無線LANの活用まで縛っているというところもあったのです。

 この調査結果を、私たちは総務省投票環境の向上方策等の研究会で報告しました。その結果、研究会の報告に「各選挙管理委員会が無線の専用回線を活用する場合は、当該団体内の情報通信担当部局との調整が必要となることに鑑み、この旨を周知する際には、選挙管理委員会だけではなく、情報通信担当部局にも併せて周知することが適当である」という文言が載りました。

 研究会の報告を受け、「今後、セキュリティポリシーの見直しが進んでいくはずだ」と私たちは期待しています。ただ、セキュリティポリシーは自治体ごとの判断に任されている部分が少なくないため、見直しの進み具合は自治体ごとで異なってくる可能性は大きいと思われます。

 日本の選挙管理は、全国一律の制度を採用しているものの、実務は市町村選管に依存しているため、自治体それぞれの事情が反映されやすいという特性があります。ICTの活用をもっと進めたいのであれば、このあたりについて、一度深く考えてみる必要があるのではないでしょうか。

 最後に、次の点を述べてこの報告を終わりにしたいと思います。選挙管理におけるICT活用は、投票しづらい環境にある有権者の投票権保障に資すると私たちは考えます。「新しい技術が登場したからそれをすぐに活用すべきだ」と言うのは簡単です。でもそれでは、不便を感じていない人たちの共感は得られませんし、導入しなければならない根拠にはなりません。ぜひ「技術の活用は、投票しづらい環境にある有権者を減らすことにつながる」という視点で、ICTの活用やインターネット投票の可能性を考えてもらえれば、と思います。

 

この記事は、『月刊選挙(都道府県選挙管理委員会連合会)』2018年4月号から6月号に掲載されたものを政治山読者向けに再構成したものです。

河村和徳氏著者プロフィール
東北大学大学院情報科学研究科准教授 河村和徳

主な研究課題は、被災地を含めた最近の日本の選挙と選挙ガバナンスの比較研究。総務省投票環境の向上方策等に関する研究会委員、仙台市選挙事務不適正処理再発防止委員会委員長、宮城県行政経営推進委員会委員長などを歴任。
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