有賀 正義()藤沢市議会議員選挙

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有賀 正義

選挙
藤沢市議会議員選挙  
投票日
2011年4月24日 
氏名
有賀 正義 
得票数
4772 
年齢
54 
性別
 
党派
みんな 
新旧
元 
主な肩書き
 
ウェブサイト
 

上記項目は当該選挙時点の選管情報を掲載しています。写真および下記の略歴・政策等は最終更新日時点の情報です。

(最終更新日 2014年5月26日)

  • 略歴
  • 政策・メッセージ
  • 出身地
    学歴
    昭和50年 東京都立大泉高校卒業
    昭和55年 早稲田大学理工学部工業経営学科(現経営システム工学科)卒業。専攻は人間工学。自動車を使い視覚系の最適設計・評価手法に関する実験をまとめる。
    職歴
    昭和31年 11月22日東京都練馬区生まれ
    昭和55年 無類のくるま好きが高じ、同年いすゞ自動車入社。主に四輪駆動車の車両実験業務に従事。海外業務経験10ヶ国以上。雑誌取材等多数。
    平成15年 前年の12月31日付で同社自主退社(上級職1級:課長級)4月の統一地方選挙にて得票数2219票で藤沢市議会議員に初当選。選挙では無党派無所属、団体支援・推薦一切なしのスタイルを貫く。
    政治を志したきっかけ
    サラーマンエンジニアとして勤務する傍ら、趣味のマリンスポーツを通してのゴミ拾い、水質検査等のボランティア活動を続けているうちに、「この環境を守り後世に伝えていくためには自らが行動すべき」という気持ちが高まり。選挙を4ヶ月後に控えた時点で約23年間のサラリーマン生活にピリオドを打った。
    最初の選挙は38人中35位で当選。政治改革=選挙改革と考え、マニフェスト推進地方議員の活動に参画。当時は珍しかった会派マニフェストを掲げ、再度無所属で臨んだが次点に沈んだ。
    その後不動産会社に勤務し大きく価値観の違う世界を経験。選挙の1年前、政治・行財政改革で旗印が一致する「みんなの党」の公募に応募し合格。3回目の選挙で復帰を果たした。
    政治・議員活動
    平成23年 前年の12月にみんなの党の公募に合格。1月に3年半勤務した不動産会社を退社し、4月の統一地方選挙に臨む。得票数4,772票、36名中2位の成績で議会に復帰。ローカルマニフェスト推進地方議員連盟運営委員。「みんなの党藤沢」団長。災害対策等特別委員会副委員長。
    平成25年 環境厚生常任委員会副委員長。災害対策等特別委員会副委員長。
    所属委員会
    建設経済常任委員会、災害対策特別委員会(副委員長)
    諸活動(NPO・地域活動など)
    平成16年 1月に若手4人の政策集団会派「ひとつの志」を立ち上げる。環境災害対策等特別委員会副委員長。
    平成17年 5月に「ひとつの志」の理念を引き継ぐ「立志の会」を結成。9人第2会派に発展。会計担当。
    平成18年 ローカルマニフェスト「立志の会 八策」発表大会(9月)の実行委員長を務める。議会報編集委員会委員長。決算特別委員会副委員長。
    平成19年 2級ビオトープ管理士登録(平成18年度計画部門試験合格)。4月統一地方選挙にて2177票を得票するも111票差の次点に終わる。辻堂東海岸3丁目町内会長、辻堂地区社会体育振興協議会会長に就任。6月から湘南ミサワホーム不動産に勤務。湘南C-Xへの進出業務に携わりながら地元密着の政治活動を継続。
    平成20年 市立辻堂小学校学校評議員就任。
    座右の銘・好きな言葉
    人生の本舞台は常に将来にあり(尾崎行雄)
    僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る(高村光太郎)
    血液型・星座
     
    その他(趣味・資格など)
    30年以上続けるサーフィンはライフスタイルの基本。30代の時は全日本選手権茅ヶ崎支部予選 マスタークラス6位、40代では地元の大会ショートオープンクラス5位が最高。48歳で ロングボードを始める。
    辻堂地区ソフトボールチーム会長兼選手。サッカーチーム「辻堂オフショア」部員。

選挙履歴

投票日告示日選挙名選挙区都道府県
2011年4月24日2011年4月17日藤沢市議会議員選挙神奈川県

※選挙履歴は、政治山に登録されている選挙情報を表示しています。