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【早大マニフェスト研究所連載/マニフェスト学校~政治山出張講座~】
第7回マニフェスト大賞応募スタート特別企画「審査委員インタビュー連載」

マニフェストの課題と可能性~作成の手続きと体制を検証せよ~
藤森克彦・マニフェスト大賞審査委員(みずほ情報総研 主席研究員)
1/2ページ(2012/08/09 早大マニフェスト研究所)

政治山では、ローカル・マニフェストによって地域から政治を変える活動を行っている「早稲田大学マニフェスト研究所」(所長:北川正恭早大大学院教授)と連携し、「議会改革」と「マニフェスト」をテーマに連載しています。マニフェストをテーマとした連載「マニフェスト学校~政治山出張講座~」では、議員・首長などのマニフェスト活用の最新事例をもとに、マニフェスト型政治の課題や可能性について考えていきます。

◇        ◇        ◇

 地方政治の先進的な取り組みを表彰する「第7回マニフェスト大賞」の応募期間が7月2日にスタートした。応募は8月末まで、その後は審査委員会の審査を経て、11月2日に東京都港区・六本木ヒルズで授賞式が行われる。

 政権交代後の民主党の政権運営により、有権者の間でマニフェストが信頼を失っている状況の中、早大マニフェスト研究所では、2009年衆院選の民主党マニフェストへの評価や英国と日本のマニフェスト運用方法について、同大賞審査委員でみずほ情報総研主席研究員の藤森克彦氏にインタビューを行った。

内部に第三者委員会をつくり、マニフェストの作成過程・体制の検証が必要

――政府は、消費税増税を含む社会保障と税の一体改革関連法案を進めている。「マニフェスト違反」との声が高まっているが。

藤森克彦・マニフェスト大賞審査委員(みずほ情報総研 主席研究員) 藤森克彦・マニフェスト大賞審査委員
(みずほ情報総研 主席研究員)

藤森 マニフェスト違反かどうかと問われれば、「違反」だと思う。総選挙では「むだの削減などで16.8兆円の財源が捻出できるので、消費税を上げる必要はない」と言っていたのにもかかわらず、現在民主党政権は消費税を引き上げようとしている。

 だが、一番問いたいのは、「あのマニフェストは、本当に守れる約束だったのか?」という点である。

 「むだの削減」で16.8兆円もの財源が捻出できるというが、これはどれだけ精査された数字であったのか。例えば、人口当たりの公務員数を比較すると、日本は主要先進国の中で低い水準にある。また、公共事業費も、小泉政権のもとで大幅に削減されており、国際的にみて高い水準とはいえない。

 もちろん行政にむだはあり、今後もむだを削り続けなくてはいけない。しかし、日本の「政府の規模」は主要先進国と比べてそれほど大きくないので、「むだの削減」から16.8兆円も捻出できるというのは余りにも過大だ。

 民主党は、第三者委員会を設けて当時のマニフェスト作成過程を検証し、今後のマニフェスト作成に向けた対策を国民に示すべきだと思う。放置すれば、誰もマニフェストを信頼しなくなるだろう。

――消費税の増税については。

藤森 日本の財政状況を考えたら、消費税の引き上げは必要だ。現在、日本は対GDP比で200%を超える債務残高があり、さらに毎年40兆円程度の借金を積み重ねている。

 膨大な借金を抱えれば、その返済に苦しむことになる。2011年度の元利払い(国債費)は約22兆円にのぼり、国の一般会計歳出の20%を占める。これは、社会保障費の28%に次いで高い歳出費目になっている。それでも超低金利のために、膨大な借金の割に利払い費は低く抑えられている。

 しかし、もし金利が上昇すれば、借金が膨大なだけに利払い費は一気に高まる。そうなれば、大規模な増税と歳出カットを同時に行わざるをえなくなる。その時の痛みは、消費税引き上げで景気が冷え込むのとは比較にならないほど大きいだろう。とりわけ、社会保障給付を受給する低所得者への打撃が大きいと思われる。

 一方、現在長期金利が低下しているので、「金利の上昇を懸念する必要はない」という見方がある。しかし、金利がいつ、何をきっかけに上昇するかは、誰にも予測できない。国や地方の借金残高が、国債を買い支えてきた個人の金融資産残高に近づいており、金利上昇のリスクは潜在的に高まっているとみるべきだ。それを防ぐには、安定的に一定規模の税収を確保できる消費税増税が必要になる。

 財政の窮状は、今に始まった話ではない。前回の衆議院選挙前から十分認識できたはずだ。

――民主党マニフェストの問題はどこにあるのか。

藤森 準備不足だと思う。民主党は野党時代に、さまざまなことを調査し政策を考える時間があったはずだ。また各政党には、政治活動を支えるための政党交付金が国庫負担で支払われている。政策立案のための資金もあったはずだ。

 野田首相は2012年7月の参院本会議で、2009年の民主党マニフェストについて、「実現可能性の見通しに甘さがあったのは事実だ。率直におわびする」と述べた。

 しかし求められるのは、「見通しの甘いマニフェスト」を作らないために、今後どのような対策を取るのか、それを国民に示すことだと思う。そのためには、繰り返しになるが、党内に第三者委員会をつくり、前回のマニフェストの作成過程や体制を検証する必要がある。そうでなければ国民の政治不信は一層深まり、誰もマニフェストを信じなくなる。

 民主党に限らず、日本の政党の大きな問題の1つは、マニフェストを作成するための体制や手続きが党内で確立できていないことだと思う。

イギリスと日本、何が違うのか?

――藤森さんは、政権交代が行われてブレア政権が樹立した1997年のマニフェスト選挙を現地で考察したそうだが、日本とイギリスでは何が違うのか。

英国労働党におけるマニフェストの作り方

藤森 イギリス労働党では、2年間のプロセスを踏んで、マニフェストを作成している。まず、労働党幹部から構成される「JPC」がマニフェストのテーマを発議し、地方の党代表などが含まれる「NPF(党関係団体)」に下ろす。さらに8つの政策分野ごとに「政策委員会」を設置しここで党内や党外から意見を聴取する【※図を参照】。そして、「JPC」「NPF」「JPC」の順に再度話し合い、さらに労働組合や地方の党代表などからなる「NEC」で議論をして、最後に「党大会」で討論する。このプロセスに1年をかけ、さらにもう1年同じプロセスで議論していく。

 それに比べ日本の政党は、3カ月から半年くらいの短期間でマニフェストを作成していると聞く。イギリスのマニフェストも完ぺきではないが、それでも日本とは次元が異なるという印象を持つ。

(図)英国労働党におけるマニフェストの作り方

(図)英国労働党におけるマニフェストの作り方 (資料)Paul Webb, Modern British Party System, SAGE Publication(2000) を参考に、みずほ情報総研作成。

(次ページへつづく:マニフェストの作成プロセス以外の相違点、「細かすぎるマニフェストは必要ない」という議論 など)

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Twitterアカウント(@wmaniken)
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