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【LM推進地議連連載/地方議員リレーコラム】

マニフェスト大賞優秀賞を受賞して~マニフェストの責任~(2012/08/01 三沢市議会議員 太田博之/LM推進地議連)

ローカル・マニフェスト推進地方議員連盟 連載・コラム 政治山では、政策立案を行う「政策型議員」を目指す地方議員らで構成される「ローカル・マニフェスト推進地方議員連盟」(略称:LM推進地議連)と連携し、連載コラムを掲載しています。地域主権、地方分権時代をリードし、真の地方自治を確立し実践するために設立された団体のメンバーが、それぞれの実践や自らの考えを毎週発信中です。第12回は、青森県三沢市議会議員の太田博之氏による「マニフェスト大賞優秀賞を受賞して~マニフェストの責任~」をお届けします。

◇        ◇        ◇

 私の所属する三沢市議会の会派「みさわ未来」は、2010年、11年と2年連続でマニフェスト大賞(地方議会の部)優秀賞を受賞しました。会派結成と受賞経緯をご紹介したいと思います。

マニフェストの仕組みを学び、あるべき政治活動を見い出した

 さて、私のマニフェストの活動は今から5年前、山形市で開催されたローカル・マニフェスト推進地方議員連盟(以後、LM議連)主催の「マニフェスト・シンポジウム&スクール(地方議員研修会)in東北」(9月29日・30日)に参加したことから始まりました。当時は2008年3月の2期目の選挙を間近に控えた頃で、それまで議員20名中16名が所属する最大会派「市民クラブ」にいる中、私はいったい何のために政治家になったのか、あの苦しい選挙戦を勝ち抜いて市民のために働きたいと心から願って勝ち取った政治家の活動を振り返りながら、いつも自問自答を繰り返しておりました。

 自分の意見が、与党会派としての位置付けの中で埋没していく……。賛否についても会派の意向に従わなければならず、自分の政治家としての誇りや信念すら推し通すことができない数の力の中で、もがき苦しんでいた時期でもありました。

 そうした中、マニフェストと出合い、強い覚悟のうえで単身、スクールに臨みました。これまでの抽象的でスローガンのような公約ではなく、政治家が市民と政策、数値目標、達成時期を約束する。そして毎年、市民と共にその達成度を検証するというマニフェストの仕組みに、私は本来あるべき政治活動を見出し、たとえ会派を離脱してでもこのマニフェストを貫く政治家になろうと心に決めました。

 翌年、青森県で地方議員では初めてマニフェストを掲げて選挙に臨み、2期目の議席をいただくことができました。また、その後、自らのマニフェストの信念から議案に反対し会派「市民クラブ」を離脱しました。正直、この時から私の政治活動が始まったと言ったら市民の皆様には失礼なことかもしれません。それまでは数の力の中にいることが市民との暗黙の了解であり、市民からすれば政策の実現を目指すのであれば与党でなければならないとの思いは、ことのほか強かったことも事実なのです。

 さて、ここで会派「みさわ未来」の結成までを振り返ってみたいと思います。

 2008年、改選後の11月に県内のLM議連の仲間と共に「マニフェストスクールin青森」を開催しました。私のマニフェスト活動に目を向けてくれていた同僚議員もスクールに参加。その場でLM議連に加入し、ここが会派「みさわ未来」の原点となりました。

 前述の通り、その4カ月後に私は「市民クラブ」を離脱。その約1年後にLM議連に席を置く5名も会派離脱。私も合流し、“議会が変われば三沢の未来が変わる”の理念のもと、市民と協働の会派マニフェスト作成を政策の柱に、2010年4月に「みさわ未来」が結成されました。

会派でマニフェストを作成、その後の市長選との関わりは

三沢市議会議員 太田博之氏 三沢市議会議員
 太田博之氏

 この年の第2回定例会後から「議会報告会&タウンミーティング」を開催する中で、会派マニフェストの作成に着手しました。議会報告会&タウンミーティングを3回、町内会単位タウンミーティングを3回、開催。参加延べ人数250名の意見を集約し、2011年4月に市民協働の会派マニフェスト『三沢市ドリームプラン~市民の8つの声と20の提言~』を作成し、同年6月に行われる三沢市長選挙の候補者に対しマニフェストを公約に取り入れるように申し入れ、文書で回答を求めました(候補者は現職のみ)。

 このことは、会派マニフェストの実現に向け最良の手段と思いますが……。実は、マニフェスト作成当時、市民から「もし立候補者(現職)がマニフェストに対し、ノー回答であれば会派からこの三沢市ドリームプランを掲げて立候補するのか?」との質問がありました。

 会派では、会派マニフェストに着手する前からこのことについて議論がありましたが、現職支持を表明していたことから、どんな回答があったとしても対抗馬を立てるのではなく、あくまで議会の立場でマニフェストを実現しようと申し合せておりましたので、そのことは正直に市民の皆様へご説明させていただきました。

 市民からは、少々落胆の色も感じ取れたような気もいたしましたが、特別な意見などはありませんでした。私はその時、マニフェストを会派で作成するのも、政治家個人が作成するにしても、マニフェストに対しての責任を強く感じました。現在、地方議員のマニフェスト配布は公職選挙法上認められていませんが、市民の質問にもあったようにマニフェスト自体が首長からノーと言われれば、対抗しなければならないことは当たり前のことなのではないでしょうか。

 全国では、地方ならではのマニフェストがたくさん作成されています。地方議員、会派等のマニフェストも然りであります。しかし、そのマニフェストは「首長選挙としても使える」という責任と勇気が備わっているのでしょうか。マニフェストは政治の道具でしかありませんが、その責任を常に持ち続けることこそ地方議会に緊張感ある二元代表の構築に必要不可欠なことだと私は思います。

 あなたは、自らのマニフェストにそこまでの責任を持って臨んでいますか?

著者プロフィール
太田博之(おおた・ひろゆき):1961年青森県三沢市生まれ(父は栃木県旧足尾町、母は北海道室蘭市出身)。2004年三沢市議会議員初当選。地方議員では県内初のマニフェスト選挙を展開。ローカル・マニフェスト推進地方議員連盟運営委員。『第6回マニフェスト大賞優秀賞(地方議会)』2年連続受賞。NPO法人テイクオフみさわの顧問として県立三沢航空科学館 を運営(指定管理者)。
HP:三沢市議会議員 太田博之

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