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【特別対談-前編-平井伸治 鳥取県知事×村木厚子 元厚生労働事務次官】

「保護」から「就労」へ、共に社会を支える障がい者就労を目指して (2017/5/19 政治山 市ノ澤充)

 2016年4月、障害者差別解消法が施行され、障害者雇用促進法などの改正も行われました。それと並行して、女性活躍推進や働き方改革も進められ、自分らしく働き、自分らしく生きるという価値観が広がりを見せています。多様性や受容性を意味するダイバーシティ、トータルインクルージョンなど様々な言葉も飛び交うようになりましたが、障がい者の暮らしや働き方はどのように変わったのでしょうか。

 今回は、障がい者工賃日本一を目指す平井伸治 鳥取県知事と、障害者自立支援法の制定に尽力した村木厚子 元厚生労働事務次官にお話をうかがいました。

なお、文中では鳥取県の方針(※1)に沿って、法令など固有の名称を除き「障がい者」と表記しています。

平井伸治 鳥取県知事(左)と村木厚子 元厚生労働事務次官

平井伸治 鳥取県知事(左)と村木厚子 元厚生労働事務次官

――はじめに、障がい者雇用のあり方に一石を投じた、障害者自立支援法の制定にかかる経緯と背景についてお聞かせください。

保護から就労へ、大きく舵を切る

村木氏

2006(平成18)年に制定された障害者自立支援法は、障がい者に対する支援の中で「就労」に大きなウェイトを置くことを一つの目的としたものでした。「普通に働く、普通に暮らす」ことは障がい者政策の大きな理念です。理想は、すべての方が労働法の適用を受ける一労働者として自立してもらうことでしょうが、実際には、すべての障がい者が一般就労を目指せるわけではありません。しかしそれができない場合でも、「生活保護の場」へ出かけるのと「働く場」へ出かけるのとでは、障がい者自身の心の持ちようがまったく異なります。プライドを持って働きたい、社会に貢献する場所に行きたいと強い要望がありました。

そこで、B型就労支援施設を作ったのですが、当時の月額工賃は数千円で、本当に障がい者のためになっているのか、疑問を持ち、何とか工賃を上げようと工賃倍増を掲げました。そんな最中、手を挙げたのが鳥取県で、県を挙げて取り組んでくれたのです。それはとても頼もしく感じ、今に至っています。

――障害者自立支援法の制定を受けて、鳥取県ではどのような取り組みを行ってきたのでしょうか。

障がい者は「ただ、できないことがあるだけ」

平井知事

はじめに、村木さんが障がい者の自立に、生涯をかけて取り組んでいることに、心より敬意を表します。

障害者自立支援法が制定されたのは、私が知事に就任した頃(編集部注:2007年初当選)で、当初から同法を巡って賛否両論ありました。現場の事業所からは理想論に過ぎず、国の福祉施策からの切り捨ての要素もあるのではないかとの不安や、従来の措置型の福祉サービスの撤収も囁やかれていました。

私は知事就任当初から障がい者施策を重視してきましたが、その背景には、私自身の学生時代の原体験があります。1981年、国際アビリンピックという、全世界の障がい者を日本に招いた技術五輪が開催された(※2)のですが、当時大学生だった私は、日赤のボランティアスタッフとして参加しました。

当時はサタデーナイトフィーバーの時代で、ディスコで踊るのが流行っていました。誤解されがちなのですが、耳が不自由な方でも周囲に合わせて踊ったりして、多くの障がい者もダンスを心底楽しんでいました。

 また、視覚障がい者の方のアテンドもしましたが、男性の障がい者の手を引くときに「若い女性の方が良い」と冗談を言われたこともありました。皆さん、とても人間的だったのです。同じ人間として生きていて、ただディサビリティ=できないことがあるだけなのだ感じたのです。その原体験から、同じ社会の中で障がい者と共に生きていく社会像というのが出発点にありました。

競争力のある事業を育てて工賃アップ

平井知事

そんな私にも戸惑いはありましたが、同法の理念は正しいと思いました。工賃を引き上げて障害者年金と合わせれば、生活保護を受けずに暮らしていけるのではないか、輝かしい未来、生きる喜びを得られるのではないかと考えたのです。

売れる商品を作れば道は開けると信じ、当時先進的だった滋賀県の国松知事(※3)の取り組みなどを参考にしました。知事就任時の障がい者の月額工賃の全国平均は12,000円、鳥取は11,000円でした。現在では全国平均は15,000円、鳥取は17,000円です。全国平均を上回って、日本一を目指しています。

どのような取り組みをしてきたかというと、従来は電器産業の下請けや袋貼りなどの単純作業に従事していた事業所のあり方を見直しました。厚生労働省による就労支援に加え、県の補助金や無利子の助成制度を創設し、売れるパンの作り方やうどんの作り方を指導するなどして、競争力のある事業を育てていきました。

スイーツ系でも需要はあり、手作り焼きたてパンを販売するぱにーに(※4)の「天女の梨クーヘン」は20世紀梨を使用していますが、剥いた身を利用するので見た目は関係なく、そのまま市場で販売するのは少し難しい傷物を使うことで仕入れのコストを抑えています。それを障がい者の方が加工し、工夫を凝らして洒落たパッケージをデザインするなどして、農水省大臣賞を獲得しました。

大事なのは「やればできる」という、実際に売れる体験であり、普通のビジネス支援と同じことを手厚めに行うことが必要でした。

平井伸治 鳥取県知事

障がい者工賃日本一を目指す平井伸治 鳥取県知事

施し的な福祉から、頭の切り替え

平井知事

障がい者は障がい者の世界に閉じこもっているという福祉行政の思い込みを改め、施し的な福祉ではなく、障がい者の世界を広げることが、就労支援には欠かせません。日本財団の「はたらくNIPPON!計画」による支援や助言、事業推進のてこ入れもあって、「フルーツショップ フェリース」(※5)のようにジェラートやラテアートなどを提供する飲食業、そしてStudio-E(スタジオイー、※6)のような、アートとデザインの世界で、パソコンを利用してキャラクターのデザインをして印刷まで行う取り組みも進めています。

2014年に鳥取市内で開催した「第14回全国障がい者芸術・文化祭とっとり大会」には秋篠宮紀子様、次女佳子様にご参加いただいたのですが、その際に披露した大会キャラクターも障がい者がデザインしたものでした。売れるものを作れれば、可処分所得を増やすこともできるのです。今はまさしく、いろいろな事業の種を蒔いて、育てているところです。

突破すべきは「支援者の限界」

村木氏

今の知事のお話の中に、大事なキーワードがありました。頭を変える、従来の福祉のこだわりを外す、顧客や商品などの「出口」から事業を考えることが大事だと思います。

私の記憶に残っているのは、以前は授産施設といったのですが、ある地域の授産施設の運営者が集まる協議会の会長が話してくれた内容です。その方が運営する施設では月額工賃を4万円払っていて、県内でも一番の施設でした。しかし、県外に移った障がい者の方から、新しい施設では7万円もらっていると言われたのです。彼の仕事の能力が変わったわけではなく、ただ通う施設が変わっただけで工賃が大きく上がったのです。自分の施設は立派だと思っていたがそうではなかった、これはまさしく障がい者の資質の問題ではなく経営者の資質の問題であると、皆の前で話したのです。

多くの場合、工賃が上がらないのは本人の資質の問題ではなく、支援者(施設の運営者)の限界で決まっているのです。税金を投入するからには本物の仕事を作ってほしいと思いますが、正直実現が難しいことも事実です。

フタコブラクダ(編集部注:コブが2つ連なるグラフの比喩)のように、数少ない優れた事業所と多くの平凡な事業所がありました。その平均が良い方に動いていくように、どうやったら動かせるか、それが行政の悩みでした。

法律だけでは物事は進まないので、具体的に取り組んでくださる県ができたのは有り難いことです。自立支援法に代わって今は障害者総合支援法が制定されていますが、どの法律の下にあっても理想を実現できるのは現場の力だと痛感しています。

――知事のリーダーシップが事業推進の原動力になっているという印象を受けますが、実際に現場を持つ県庁の皆さんの意識はどのように変わってきたのでしょうか。

平井知事

職員の意識を変革するためには、私の想いを伝えるだけでなく、外部の有識者の意見など、様々な話を取り入れる必要があると思います。前例踏襲になりがちな思考を改め、慈善事業型の福祉行政から脱却するためには、いろいろな社会との接点を作ることが有効です。そこには日本財団の竹村さん(※7)らのアドバイスもありました。

物事には理想と現実があり、問題は多々あります。何度も壁にぶち当たる経験を重ねながら進めていく、決意と行動が理想を現実のものにしていくのです。

村木氏
他県の話ですが担当者の嘆きとして、「障がい者福祉は知事マターにならない」という声を聞くことがあります。当事者が少なく票の数が少ないので選挙に影響しないように思われる障がい者福祉よりも、注目を浴びる事業に予算を大きく割く傾向にあるのではないかと。平井知事はなぜ障がい者福祉に重点を置くのでしょうか。
村木厚子 元厚生労働事務次官

障害者自立支援法の制定に尽力した村木厚子 元厚生労働事務次官

政策効果を基準にドライに見る

平井知事

私は、むしろ全体をドライに見るようにしています。確かに、有権者の数として考えれば高齢者の方が多く、そこに向けた予算づくりもあるのかもしれません。しかし、投ずべき予算の規模とその分配、そして政策効果を考えると見え方が変わります。

例えば、健常者と比べると障がい者の数は少ないからこそ、少ない金額で大きな変化をもたらすことができます。少し変えると大きく変わる、インパクトが大きいということは、障がい者施策に投資する値打ちは大きいということなのです。

これは子育てでも同じことをやっていて、県内の中山間地では保育料の全額無償化を実施しています。若桜町という地域では、この保育料全額無償化が年間900万円、1人か2人分の人件費で実施できるわけです。これは東京の練馬区や世田谷区ではとてもできないことで、人口比率の問題などで比較的経費をかけなくても政策効果が出る事業に重点を置いているということなのです。

――客観的な政策評価をされている知事からご覧になって、県内で注目すべき就労支援の取り組みをお聞かせください。

農福連携から「現場発」で水福連携へ

平井知事

農業は大きなターゲットゾーンとして認識しています。鳥取県には「スタバはないけど砂場はある」のですが、その砂丘でらっきょうが採れるのをご存知でしょうか。収穫期は6月なのですが、短期間で収穫する必要があり、切子と呼ばれる人手が不足していました。そこで農業の人手不足を補うため、障がい者就労支援の作業所の皆さんに参入してもらったのです。この「農福連携」は双方にとってとても評判がよく、農業の人手不足は解消され、障がい者の工賃は上がりました。

さらに今は、農福連携に続いて「水福連携」を行っています。猟師は魚を取るのに手一杯で陸(おか)の上の仕事は家族が手伝ったりしているのですが、やはり人手が不足しています。そこで作業所の皆さんに陸の仕事を手伝ってもらったのですが、リヴよどえ(※8)という事業所では適切な温度管理の基、魚介の処理と製品化、出荷まで行われています。

水福連携も双方にメリットがあり、水産業者は加工作業を委託することで、板ワカメなどの高級食材をリーズナブルなコストで製品化することができるようになり、障がい者にとっては生きがいの職場となりプライドを持ち工賃も上がりました。

――農業や水産業との連携というアイデアは、知事によるものだったのでしょうか。

平井知事

農福連携は私だったかもしれませんが、水福連携は現場から上がってきた提案です。農業と福祉で連携できるなら水産業もできるのではないかと。新しい出会いや異業種間の交流を県庁でバックアップするなど、県職員の意識改革も確実に進んでいます。

また、支援施設で作業する人にとっても自然を相手にすることは楽しく、生きがいを感じられる職場でもあるのです。もちろん簡単なことではなく、作業を放り出してしまうこともあります。きめ細かなサポートと、丁寧なプロセスが必要なのです。

平井伸治 鳥取県知事(左)と村木厚子 元厚生労働事務次官

政策効果と投資効率の追求

村木氏
政策効果や投資効率は、行政としても大事なキーワードです。私は実際には、障がい者支援の分野に4年間しか従事していませんが、手を打てば変わる、やりがいのある分野でした。女性問題には10年かかわりましたが、この分野には政策的に長い歴史があり、政策による新たな効果が限定的になっていました。知事の取り組みはまことに合理的だと思います。
平井知事

政策効果についてもう一点あげると、障がい者のコミュニケーション保障があります。私自身の原体験から、「手話は言語である」と考えてきましたが、どこよりも早く手話言語条例を制定し、予算措置も行いました(編集部注:2013年10月に成立、基礎自治体では半年後の2014年4月、石狩市が初の条例制定)。

関連記事:田岡克介石狩市長インタビュー「手話は救済でも福祉でもない」

条例化には日本財団の支援を受け、ろうあ連盟が主導して進めました。子どもたちの理解を促すためにハンドブックを作成して全学校に配布したり、タブレットを活用して遠隔でも手話のサポートを受けられるようにしたり、手話の音声変換システムを導入したりしましたが、全部で3-4億円の予算だったと記憶しています。

ほかの行政領域、例えば橋一本懸けるよりは少ないコストで、世の中をひっくり返すことができるわけです。要は「やるかやらないか」なのです。(後編へ続く

◇        ◇

※1 「障害」表記の見直し…障がいのある方や家族、関係団体から「害」の文字には負のイメージがあり抵抗感が感じられるとの指摘を受けて、鳥取県では2008(平成20)年度より表記を改めている。「障害」表記の取扱い

※2 国際アビリンピック…アビリンピックとは障害者技能競技大会のことで、国連が定めた「国際障害者年」である1981年に東京で第1回大会が開催され、その後およそ4年に1回の頻度で行われている。

※3 国松善次…1998年から2006年まで滋賀県知事を務め、現在は障がい者支援のためのNPO法人「夢・同人」の代表を務めている。

※4 ぱにーに…株式会社プレマスペースが運営する障害者就労支援事業所。手作り焼きたてパンを製造・販売しており、鳥取県内に4店舗展開している。
http://panini.jp/

※5 フルーツショップ フェリース…NPO法人フェリースが運営する障害者就労支援事業所。カフェ事業(キッチンやホールの業務)や袋詰めなどの軽作業を行っている。
工賃向上を目指す福祉事業所で新店舗開店
http://w01.tp1.jp/~a752132888/index.html

※6 Studio-E…NPO法人Studio-Eが運営する障害者就労支援事業所。動画の撮影・編集やデザイン、ホームページ作成などを行っている。
http://teamstudio-e.net/

※7 竹村利道…日本財団ソーシャルイノベーション本部国内事業開発チーム チームリーダー。障がい者の就労支援をテーマに活動し、自身もNPO法人ワークスみらい高知の代表を務めている。
障害者就労支援プロジェクト「はたらくNIPPON!計画」
竹村氏インタビュー記事「保護より機会を」

※8 リヴよどえ…NPO法人ライヴが運営する障害者就労支援事業所。乾燥海藻類の製造や文化継承、啓発活動を行っている。
http://live-y.jp/

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