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課題「解決」型デモクラシーのガバナンス―政労使協議という実験―(前編) (2016/7/11 NIRA総合研究開発機構

本レポートは、公益財団法人NIRA総合研究開発機構が2016年7月11日に発表したものです。前後編に分けてお届けします。

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 グローバル化と脱工業化という未曽有の経済社会構造の変革期にあって、先進各国は少子高齢化・財政赤字・福祉国家改革といった新たな課題に直面しつつも、ある時は大胆に、ある時は慎重に、課題を解決するための方法を提示し、実現を試みてきた。そのさい、近年のヨーロッパ諸国でしばしば採られている手法が、政労使3者協議をはじめとするコーポラティズム的解決方法である。社会の多様な利益・集団の知恵を活かし、対決ではなく合意によって隘路を突破しようという方法は、むしろ政策イノベーションの発火点として機能する可能性を秘めている。

 安倍政権のもとでは、政労使会議の場が設けられ、賃上げを通じて経済の好循環を支えることが目指されている。この政労使会議が、ヨーロッパにおいて発達したコーポラティズムを1つのモデルとして導入されたことは容易に想像できるが、現実には政府による要請が先行しており、労使の声を適切に吸い上げ、いわば「市民社会の知恵」を活かす回路として機能しているとはいえない。労使をはじめ社会各層に開かれたコーポラティズムの手法を活かすことで、現代的課題に対応できる新たなガバナンスが可能となるのではないだろうか。

「実験場」としてのデモクラシー

 グローバル化と脱工業化という未曽有の経済社会構造の変革期にあって、欧州や北米の先進各国は経済的・財政的にさまざまな困難に直面しつつも、ある時は大胆に、ある時は慎重に、課題を解決するための方法を提示し、実現を試みてきた。日本にとって焦眉の問題である少子高齢化・財政赤字・構造改革の遅滞といった課題も、他の先進各国が多かれ少なかれ、直面してきた問題であった。その意味では、各国の行く手に共通の大きな「課題」が立ちふさがっているのであり、「課題」があること自体を問題視しても前に進むことはできない。

 むしろ重要なことは、それぞれの国や地域がこれらの「課題」に対し、いかなる「解決」を編み出し、どのようなイノベーションを実現したのかということだろう。本稿では、このような課題「解決」型デモクラシーをめぐる政治過程、とりわけガバナンスのあり方について検討したい。

 フランスの著名な政治学者であるピエール・ロザンバロンは、デモクラシーを「実験場testing ground」として捉えている(注1)。彼によれば、デモクラシーを考えるさいには、そのデモクラシーが解決すべき「課題」を出発点に置くことが重要である。あるべきデモクラシー、理想的なデモクラシーを措定し、そこから現実のデモクラシーを断罪するのではない。そもそもデモクラシーは複雑な現実、矛盾をはらんだ存在なのであり、「課題」を抱えることは自然なことである。むしろデモクラシーが「課題」解決に取り組むなかで、そのデモクラシーの真価が発揮される。

 まさにわれわれの前に広がるデモクラシーという広大な実験場において、課題「解決」の実験を勇気を持って進めていくことが、必要とされているのである。

「一億総活躍」と参加型社会

 さてそれでは、上記のように「課題」を克服し、目指すべき社会として、現在の日本ではどのような社会モデルが念頭に置かれているのであろうか。次の一文を見てみよう。

 若者も高齢者も、女性も男性も、障害や難病のある方々も、一度失敗を経験した人も、みんなが包摂され活躍できる社会、それが一億総活躍社会である。

 一億総活躍国民会議「一億総活躍社会の実現に向けて緊急に実施すべき対策」(2015年11月26日)における、「包摂と多様性がもたらす持続的な成長」という項目の冒頭の一文である。周知のように安倍内閣では、「一億総活躍」「女性活躍」を掲げ、これまで労働市場に参加してこなかった女性や高齢者、障害者など、より多くの人々の「参加」「活躍」を訴えている。戦後日本で主流だった、男性の稼ぎ手と専業主婦からなる「モデル家族」には明らかに距離を置き、むしろ女性労働力の「市場化」を進めている点で、安倍内閣は伝統的な保守政権とは志向が大きく異なっているともいえる。

 このような安倍内閣の路線を見るとき、それがヨーロッパにおいて近年採用されてきた理念や政策と、少なくとも表面上は、多くの類似点を持っていることに気づく。たとえば「一億総活躍社会」は、1990年代以降、ヨーロッパ各国の福祉国家改革のさいに志向された「参加」型社会-すなわち、女性・高齢者・障害者・福祉給付受給者なども含め、可能な限り多くの市民が労働市場や市民活動に参加し、経済社会に貢献する社会-を想起させる社会モデルである。しかもそこで共通のキーワードとされているのが、「包摂」である。上記の一億総活躍国民会議文書でも、「みんなが包摂され活躍できる社会」が謳われているが、実はこの「包摂」という用語は、20世紀末以降、ヨーロッパの各国、および欧州連合(EU)で社会政策の重要な理念として浮上し、公式に採用されてきた重要なコンセプトでもあった(ただしEU における「包摂」は、社会的に「排除」されてきた人々の「包摂」を主として念頭に置いており、その点で日本のそれとは力点の置き方が異なるが)。

 石油危機後のヨーロッパでは、低成長時代の到来とともに、産業の空洞化・脱工業化が進展し、少子高齢化と相まって、各国で「福祉国家の危機」を迎えるに至る。そして紆余曲折を経て、世紀転換期以降、女性や高齢者、失業者らの就労を可能な限り促進し、「全員参加型」の「包摂型」社会を目指す方向で足並みをそろえていった。「第3の道」を掲げたイギリスの労働党政権における「福祉から就労へWelfare to Work」は、その象徴である。

 そもそもかつてのヨーロッパ、特に大陸ヨーロッパでは、戦後日本と同様の家族形態=男性稼ぎ手+専業主婦というパターンが主流だった。例えばオランダでは1960年代まで、既婚女性が国家公務員として勤務することを禁じていた。女性職員が結婚した場合には、退職を強いられていたのである。またオランダを含む大陸ヨーロッパでは、男性労働者が60歳以前に仕事を退いて年金(早期退職給付含む)生活に入ることが多かった。労働市場から早めにリタイアすることがよしとされ、政府や企業もこれを支援した。

 このような女性・高齢者の「退出」を促し、「参加」をむしろ抑制する政策体系は、大陸ヨーロッパでは、ドイツやイタリア、オランダを典型とするキリスト教民主主義政党の優位によって支えられてきた。各国のキリスト教民主主義政党は、家族を社会の基礎単位と考え、性別役割分業を肯定していた。その点では、同じ穏健保守政党である自民党とイデオロギーや政策において相通ずるところがあった。20世紀後半の大陸ヨーロッパと日本が、同様の保守的な家族モデル、労働モデルを実現し、政策的にそれを支援していたことは、偶然ではなかったのである。

 しかし、安定的と思われていたこのモデルは、20世紀末以降の経済社会変動、とりわけ財政赤字の拡大と福祉国家の危機、少子高齢化・脱工業化の進展とともに維持困難となっていく。また人々のライフスタイルの変化、性別役割分業をめぐる意識の変容も大きい。そのなかで日欧の保守政党も政策スタンスを大きく転換させており、いまや女性と高齢者の就労促進は、むしろ政策の目玉となっている。日本では自民党の安倍政権、ドイツではキリスト教民主同盟のメルケル政権が、ともに女性の社会進出を積極的に促す方向を明確にしている。オランダでは、21世紀に入ってやはり「参加」重視に転じたキリスト教民主主義政党優位の政権のもとで、これまで制度的に優遇されてきた早期退職制度が廃止され、これにより平均退職年齢が2歳上昇した。奇しくも21世紀の日欧の保守政権が、同じように「参加型」の社会をめざし、20世紀後半の日欧のスタンダードからすれば「保守」らしからぬ政策を、並行して進めているのである。

政労使協議とコーポラティズム

 さてこのような「一億総活躍社会」に象徴される社会モデルの転換のなかで、近年、安倍内閣のもとで採られているガバナンス手段として際立っているのが、「政労使協議」「政労使対話」である。「経済の好循環」にむけ、2013年から進められてきた政労使対話であるが、上記の一億総活躍国民会議の文書においても、政労使対話を受けての賃金引き上げへの努力が要請されている。

 この政労使対話がやはり、ヨーロッパにおける制度化された政労使協議=コーポラティズムを1つのモデルとしたものであることも、想像に難くない。大陸ヨーロッパや北欧では、労使を政策決定プロセスに組み込むコーポラティズムを法律や慣行によって発達させてきた国も多く、政策イノベーションの原動力として、時代の転換期に重要な役割を担ってきた。むしろ「課題」の山積する現代のデモクラシーにおいてこそ、「市民社会の知恵」を活かし、官民の協力を柱とするコーポラティズムの果たしうる役割は大きい。

 とはいえ、日本における政労使協議は、まだまだそのようなイノベーションの発火点となるには遠い。そのために必要なことや、前提とすべきことがあるのではないか。このことを念頭に、以下でコーポラティズムにおけるイノベーションの可能性について、理論的研究を参考にして見取り図を描いてみたい。

(後編につづく)

<著者>
水島治郎 千葉大学法政経学部教授
谷口将紀 NIRA総合研究開発機構理事/東京大学大学院法学政治学研究科教授
牛尾治朗 NIRA総合研究開発機構会長

<参考文献>
注1 Rosanvallon, Pierre(2008)Counter-Democracy: Politics in an Age of Distrust, Cambridge: Cambridge University Press.

提供:NIRA総合研究開発機構

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