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「絆と柵」の自治体情報システム、随意契約の利点と危うさ―小泉一真 長野市議 (2016/10/25 政治山)

関連ワード : ICT 公務員 小泉一真 長野 長野市 

 地方公共団体の調達方法は「一般競争入札」を原則としています。ただし、調達の準備に手間や時間がかかり、当初の目的が達成できないような場合には「指名競争入札」や「随意契約」による調達が例外として認められます。

 継続的な利用が見込まれる情報システムにおいては、いったん導入した後は随意契約によって保守・運用されるケースが多いのが実情ですが、自治体と事業者の関係はどのようにあるべきなのでしょうか。9月の長野市議会で指名停止処分を受けた事業者と自治体の関係を質した、小泉一真市議にご寄稿いただきました。

参考:「専決処分」は免罪符なのか―小泉一真 長野市議が質した“駆け込み随意契約”

公務員が特定事業者のサービスを称賛する違和感

 検索先にあったコンテンツの異様さに、我が目を疑った。先に報じた、指名停止直前に処分対象の富士通株式会社と長野市が随意契約を結んでいた問題について調査していたときのことだ。同社の製品である、自治体向け情報システム“MICJET”シリーズ。

「10年保証は大きな魅力」「法改正の情報入手が早く、対応も迅速で確実」「改修時の仕様検討・テスト・検証にかかる職員の負荷が大幅に軽減」……私企業のホームページ上で、多くの地方公務員が顔と名前を出して、その製品をこぞって誉め、称えているのだ(富士通株式会社 導入事例一覧)。

 しかし彼らが称賛するこれら“MICJET”の美点を客観的に裏付けるデータが、そこには見当たらない。データのない美麗字句とは、宣伝ではないだろうか。主観的な言葉で、企業宣伝に加担しているとの批判を招きかねない危うさが、そこにはある。公平・中立を旨として職務に精励するという、我々の抱く厳格な公務員のイメージは、どこに行ってしまったのか。

「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」

 日本国憲法第15条は、そう定めている。筆者も元長野県庁職員だ。特定の企業との結びつきを疑われるような言動は全体の奉仕者である公務員像と相容れず、厳に慎むべしという風土の下で仕事をしていた。

 地方公務員法第35条が定める「職務専念義務」との関係は、どうか。私企業の顧客または見込み客への宣伝を目的とする取材に協力することは、一般国民への報道を目的とするメディア取材に対応するのとは異なるだろう。国民の知る権利を尊重する上で報道対応は必要としても、私企業の宣伝に協力することまで地方公務員の職務と言えるのだろうか。長野市議会で、筆者はこの点を質した。答弁は、いかにも苦しい。

「これからシステムを導入する自治体にも参考にしてもらいたいという趣旨」

 それなら長野市のホームページに掲載するのが筋だろう。客観的なデータを示し、公共団体として、検証可能な情報を提供する責任もあるだろう。

自治体向け情報システム“MICJET”の操作画面

自治体向け情報システム“MICJET”の操作画面

自治体情報システムは事務手続きの神のような存在

 こうした「導入事例」と称する宣伝手法は、富士通だけでなく、いわゆるITゼネコンと呼ばれる企業の自治体向け情報システムに関するサイトでは、一般的なものであるようだ。一方で他の業界においては、ここまであからさまに、自治体が私企業の宣伝に協力する事例を筆者は知らない。

 製品をただ一者に開発させ、それを使うお役所もただ一者しかない特殊な関係がある。例えば、三菱重工が航空自衛隊に納入する機体“F-2”がそうだ。他の企業、他のユーザーと結び付きようがない事例においては、F-2の事業効果を喧伝することと空自の機能について国民への説明責任を果たすこととは、ほぼ等しいように思える。全体の奉仕者としての、また職務専念義務の範囲内での職務と、言えなくはないだろう。しかし空自は、三菱重工のサイトで「祖国防衛の頼もしい翼」といったような歯の浮くセリフを吐くことはしない。

 空自と、そのパイロットの命を預ける航空機メーカーとの関係よりも、地方自治体と、情報システム開発者との関係は濃いのだろうか。そう言えなくもないだろう。住民の個人情報のデータベースにアクセスし、千差万別の事務手続きを効率的に執行する自治体情報システムは、戸籍、税務、国民健康保険、または介護保険等々の様々な分野で稼動している。これらが止まれば、自治体丸ごとが機能的には死に体となる。

 筆者が長野県庁の出先の税務課に勤務していたとき、税務オンラインシステムは担当職員よりも上位にあったかもしれない。担当職員はシステムのために期日までに申告書内容をひたすら機械的にインプットし、税額はシステムが決定する。たまに税額や滞納金額を手計算することがあっても、システムの計算値と異なっていれば、それに合うまでやり直したものだし、システムの側が間違っていたことはなかった。自治体の事務機能の生死を制する神のごとき存在であり、自治体と情報システムのベンダーとは、この神を通じて一蓮托生の関係となっている。

基幹系システムの1本化には一定のメリットも

 1円入札等、低価格入札が話題になることがある。初期のケースとしては、1989年、富士通が広島市水道局のシステムを1円入札した件がある。近年では入札制度の改革が進み、ここまで極端な低価格入札値は見られなくなったとはいえ、低価格でも落札のうまみがあるのが、情報システムのビジネスであったことを物語っている。

 ある基幹系情報システムについて、特定のベンダーの製品の導入を決めると、その維持管理や改修等の契約も、そのベンダーとの一者随意契約により継続されることが普通に行われる。情報システムのプログラムコードは著作権で守られており、他の業者がこれをむやみに改変することは許されないからだ。また、枢要なコードをブラックボックス化してあれば、他のベンダーは手も足も出ない。

 基幹系システムを拡張・整理する場合―たとえばあるベンダーの戸籍システムを運用しながら、税務システムを新たに導入するような場合―も同様だ。プロポーザル(企画提案)方式等で競争性を担保する体裁をとっても、使い慣れたシステムと同様な使い勝手のインターフェイスであることや、現用システムと親和性が高い等の理由で、従来と同じベンダーの製品に得点が集まり、結局は随意契約で落着する。システムのハードウェアを更新・増設する場合も同様の傾向がある。

 一度受注すれば、ある程度の長期間に渡って、自治体とのビジネスを維持できる。基幹系システムの拡張等の機会にも、優位な立場で受注を拡大できる可能性がある。これがベンダーから見た、自治体情報システムのうまみだ。

 自治体職員側としても、基幹系システムを提供するベンダーを1本化し、操作性の習得や維持作業をシンプルにすることは、メリットであると感じている。特定ベンダーの製品を使い続ければ、その期間中、事務作業の効率水準は安定するのだ。

庁舎内の風景

自治体職員の業務と情報システムは切っても切り離せない

随意契約に求められる高次の説明責任

 地方自治体の調達は、「一般競争入札」によるべしという大原則がある。自治体の調達事務の財源は税金等の公金であり、より効率的に行われる必要がある。だが、この原則にこだわると、調達に余計な作業や時間、コストが必要となることがある。このため、「随意契約」による調達が例外的な取り扱いとして認められている。

 随意契約では他のベンダーとの競争が生じないので、維持費が高上がりになるのではないかという批判はありうる。しかし、随意契約(特に高額な)は、何でもかんでも疑ってかかるような風潮にも同調しかねる。「随意契約では、市町村と企業がじっくり契約内容を相談することができるため契約のリスクが小さい。一方、総合競争に参加する場合、費用の算定に当たってリスク係数を乗じている」等の要因により、「随意契約割高通説」はどんな場合にも成立するものではないと指摘する論文もある。だとすれば、随意契約ならではの積極的なメリットもまた、存在する。

 とはいうものの、随意契約の費用対効果が競争入札に比べて優れていると検証することは一定の困難性を伴うだろう。困難であっても、いや困難だからこそ、「なぜ随意契約なのか」という説明責任は、一層高いレベルで果たされなければならない。入札よりも高い費用対効果を引き出すためには、行政とベンダーとの間に緊密な、それでいて緊張感を伴う関係が構築されていなければならない。「競争入札よりもラクだから、随意契約で」という安易な姿勢では、それらは達成できないのは、言うまでもない。

 何事も同じ相手との関係が長く続けば、規律が緩む要因になりうる。基幹系システムに関し、特定ベンダーとの随意契約ばかりが続けば、いつの間にかそれが普通のことになる。

 契約相手方を特定のベンダーに絞るというのは、競争入札の原則に反する例外であるにも関わらず、自治体職員の当事者は、そのような認識が薄くなっていく。

 過去に導入した情報システムが、現在の契約の自由度を大幅に制限しているというデメリット―柵(しがらみ)―を意識しなくなる。そのシステムを納入した特定のベンダーのみと関わっているおかげで、情報システムは安定し、神のごとき効率化はシンプルな環境の下で最大化される。そのメリット―絆―を守ることこそが、職員としての責務であると考えているようにみえる。彼らにとって今や、一般的な原則は特定のベンダーとの絆を維持することであり、そこに他のベンダーを介在させるなどという発想こそが、異端で例外的なものとなる。契約は一般競争入札が原則であるという現実は、彼らの柵となってしまうのだ。契約の手続きなど、体裁だけ整えておけばよいではないか。

 このように解釈すると、相互に依存しあう、情報システム業界と自治体の間にある特異な文化が見えてくる。彼らが企業サイトのコンテンツ提供に協力するのは、もちろん、他の自治体の便宜のためではない。特定ベンダーとの絆をより安定化させるためと解釈する方が、自然だろう。

 長野市議会では、指名停止とする直前に、その処分対象である富士通と駆け込みで随意契約していたことが問題となった。議会にとっては問題でも、市のシステム担当者にとってはファインプレーなのだ。この問題をメディアが報じた後も、筆者に「これが一番きれいな形だと思った」と必死に訴える職員がいた。心底、邪気なくそう信じているのだろう。

 だが、この身内の論理が、議会や市民、メディアには理解されないことを自治体職員は自覚してほしい。あなた方は、ベンダーに篭絡されているように、我々の目に映る。それは、ベンダーと自治体の間にあるとあなたたちが信じる絆をも傷つけてはいないか。絆を守るには、一定の距離感もまた、必要なのだ。

◇参考文献・資料
「市町村の情報システム経費に関する研究」小野吉昭 2016
総務省ホームページ

小泉一真 長野市議会議員

著者プロフィール
小泉一真(こいずみ・かずま) 長野市議会議員

昭和41年ひのえうま生まれ。長野市出身。早稲田大学中退。平成3年足立区役所入庁。翌4年長野県庁入庁。平成23年4月「長野県庁の『不都合な真実』」上梓、平安堂ランク最高2位。同年5月長野県庁退職。同年10月から長野市議会議員。無所属。福祉環境委員会委員、公共施設の在り方調査研究特別委員会委員。パーソナルカラーは「シナノ・オレンジ」。長野市西和田在住。
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小泉 一真氏プロフィールページ

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