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【衆議院議員選挙2014】

1票の格差解消へ、国民の理解を得られる抜本的な改革を (2014/12/2 情報セキュリティ大学院大学教授 湯淺墾道)

最高裁判決は「違憲状態」だが「無効にはしない」

 11月26日に、最高裁判所は最大4.77倍だった昨年7月の参議院議員選挙の1票の格差の問題について、「憲法に違反する状態であるが、選挙を無効にはしない」という判決を下した。おおかたの予想通りの判決ではあったが、関係者は胸をなで下ろしたことであろう。というのも、衆議院でも1票の格差が2倍をこえる状態になっているからである。

 この数年、著名な弁護士を中心とするグループが1票の格差の是正を訴えて、全国紙に一面広告を出したり、毎回、選挙が終わるとその無効を訴える裁判を起こしたりしている。

 今回の衆議院議員選挙の後も、おそらく裁判が各地で起こされると思われる。すでに高等裁判所の判決では選挙無効という判断が示された場合があり、最高裁判所の判決でも一部の裁判官が選挙も無効にすべきであると少数意見を付けるという例も現れているが、これまで最高裁判所が衆議院議員選挙を1票の格差を理由として選挙無効としたことはない。

 参議院と衆議院とでは選挙制度が異なっているとはいえ、今回の参議院の1票の格差についての最高裁判所の判決は、今後の判決のゆくえを占う上で一つの材料にはなる。

最高裁判所(東京・千代田区)

最高裁判所(東京・千代田区)

地域間の公平と1票の平等、米国上下両院の役割

 もっとも、1票の格差は、解決するにはかなり難しい問題を含んでいる。ここでは、まず中間選挙が終わったばかりのアメリカの例を見てみよう。

 アメリカの場合は、日本とは異なり、選挙区割についてはその区割を使って選挙を行った後ではなく、選挙を行う前にその区割を使う選挙の差し止めを求める訴訟を起こすことができる。区割が憲法に違反すると判断された場合は、その区割で選挙を行うことはできないので、裁判所がとりあえず区割を行って、その区割で選挙を行うこともある。

 1票の平等についてはかなり厳格であり、2倍以下どころか、過去の例では、1.2倍程度でも憲法違反と判断されたことがある。しかし、1票の平等を厳格に追求するので、極端な場合には1つのアパートを2つの選挙区に分割するという場合すらあったという。

 また、連邦下院の435議席は、州の人口に厳格に比例して配分されるので、最多のカリフォルニア州には53議席も配分されているが、数州では1議席しかない。その代わりに、上院については各州の人口にかかわりなく全州にそれぞれ2議席が配分されている。人口3800万人のカリフォルニア州と、58万人弱のワイオミング州が同じ2議席というのは奇妙な感じもするが、このように上院と下院で制度を変えることによって、1票の平等を追求し有権者の人口に比例して代表者を選ぶという面と、小さな州であっても発言権を確保するという面のバランスが取れているわけである。

現行制度下で1票の格差の解消は可能なのか

 これに対して日本の場合は、1票の格差をなくして1票の平等を実現することは簡単ではない。ここでは、3つの点を考えてみたい。

(1)憲法違反の訴訟が選挙後に行われること

 第1は、日本の場合は、選挙が終わった後に憲法違反の訴訟を起こす仕組みになっていることである。このため仮に裁判所が選挙無効と判断した場合、当選した議員の身分はどうなるのか、選挙無効の判決が出るまでの間に可決した法律も無効になるのかという問題が発生する。

 戦後、地方議会の場合は選挙のやり方に違法があり、選挙無効という判決が下されて選挙をやり直したことがあるが、国会の場合は選挙のやり直しはインパクトが格段に大きい。また、1票の重みが軽い選挙区と重すぎる選挙区だけ選挙をやり直せばよいのか、それとも国会議員は憲法で「全国民の代表」であると規定されているのだから全国一斉にやり直さなければならないのか、という論点もある。

(2)市区町村の境界を越える区割は公平性を損なう恐れがあること

 第2は、ゲリマンダー(恣意的で、不自然な選挙区割)である。現在の衆議院議員の定数では、衆議院議員がゼロという都道府県がないようにしつつ1票の平等を実現しようとすると、市区町村の境界を守って選挙区割りをすることが難しい。市区町村を分割したり、隣の都道府県の中に組み入れたりしなければならないと予想される。

 現在の都道府県の区画は、明治維新の後にもうけられたものであって、日本古来の伝統というわけでもないが、それでも100年以上はたっているのだから、一部の地域だけを隣の都道府県の中に組み入れるというのは抵抗があるだろう。

 また、市区町村の境界を守るという原則を崩してしまうと、ゲリマンダーが起こりかねない。政治家には、「地盤」というものがある。有力な支持者は特定の地域に固まっている、という場合が少なくない。

 実際にアメリカでは、楽に当選できるように、各地に散在する自党の地盤だけをつなげてむりやり1つの選挙区としたためヒトデのような選挙区になったという事例や、逆に対立政党の地盤を細かく分割して周囲の選挙区の中に取り込んだという事例が各地でみられ、人種問題ともからんでゲリマンダーが大きな政治問題になっている。

(3)1票の平等の実現は地方の声を遠ざけることになること

 第三は、人口の少ない地方の声を、どのように国政に反映させるかという問題がある。少子高齢化が進む中で、都市部への人口流入が続いているため、地方の人口減少は深刻となっており、将来的に住民がほとんどいなくなる「消滅自治体」予測すら公表されるようになってきた。住民がいたとしても高齢者ばかりという限界集落、限界自治体の問題も発生している。

 戦後の日本は、高度経済成長時代以降「国土の均衡ある発展」を基本方針にしてきた。自民党政権は、工業化の進展によって都市部にあつまる経済力を、地方への公共事業投資などによって地方に還元するという方針を採ってきたわけであり、現在の安倍政権も例外ではない。

「インターネット選挙解禁」から「地方創生」へ

 安倍政権は当初、インターネット選挙運動の解禁にみられるように、都市部に住んでいる有権者へのシフトを図ったかのように見えたが、結局、国土強靱化という名の下に地方への公共事業投資を増やすと共に、「地方創生」というキーワードで地方重視への回帰をアピールした。

 地方がなければ都市部の生活は成り立たないのだから、地方を無視してはならないというのは理屈には合っている。また依然として、都市部と地方との間には大きな経済力の差があるのは事実である。

 これまで1票の格差の問題が、マスメディアでは大きく取り上げられてきたものの、リクルート問題や「消えた年金」問題などのように有権者の大きな非難を浴びることはなかったのは、都市部の有権者も、地方への配慮はやむを得ないと思っていたからであろう。

問題の先送りは1票の格差を助長するだけ

 ただ、都市部に富裕層が多いのは事実であるが、その都市部にも非正規労働者をはじめとして生活基盤が不安定な有権者が存在しているのは事実である。勤労者の平均年収は減少してきており、都市部の有権者の多くが都市の経済力の恩恵を満喫しているというわけでもない。このような状態で、地方の票を重くすることは、今後も果たして有権者の理解を得られるかどうかは疑問である。

 このように1票の格差の解消は難題であるが、地方の人口減少が止まらないと予測される以上、放置すると1票の格差はますます大きくなってしまう。消費税の再増税と同様に、これ以上の先送りは許されない課題であるといえよう。

著者プロフィール
湯淺墾道氏湯淺墾道(ゆあさ はるみち)
1970年生まれ。青山学院大学法学部卒業。慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程退学。九州国際大学法学部教授、副学長を経て、2011年より情報セキュリティ大学院大学情報セキュリティ研究科教授。2012年より学長補佐を兼務。神奈川県情報公開・個人情報保護審議会委員、株式会社ベネッセホールディングス情報セキュリティ監視委員会委員長代理など。専門は、インターネット選挙運動、個人情報保護、情報公開など情報に関する法制度。
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