第49回 地方創生への議会の関わり方~岩手県宮古市議会の「定住化促進対策に関する提言」と総合戦略への反映  |  政治・選挙プラットフォーム【政治山】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
トップ >  記事 >  連載・コラム >  早稲田大学マニフェスト研究所 連載 >  第49回 地方創生への議会の関わり方~岩手県宮古市議会の「定住化促進対策に関する提言」と総合戦略への反映

【早大マニフェスト研究所連載/マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ】

第49回 地方創生への議会の関わり方~岩手県宮古市議会の「定住化促進対策に関する提言」と総合戦略への反映 (2016/8/25 早大マニフェスト研究所)

早稲田大学マニフェスト研究所によるコラム「マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ」の第49回です。地方行政、地方自治のあり方を“マニフェスト”という切り口で見ていきます。今回は、「地方創生への議会の関わり方~岩手県宮古市議会の『定住化促進対策に関する提言』と総合戦略への反映」をお届けします。

市長に提言書を提出

市長に提言書を提出

地方創生と議会の現状

 「地方創生」は成功するのか。各地方自治体では、2015年度に策定した「地方版総合戦略」の実行のステージに入っています。国は、地方に対して、自立につながるよう、自ら責任を持って戦略を推進することを求めています。問われているのは、地方の覚悟と本気さです。

 地方議会に対しても、その策定、検証には積極的に関与するよう促されていましたが、策定の部分で議会はどのような役割を果たしたのでしょうか。早稲田大学マニフェスト研究所が実施する「議会改革度調査2015」によると、地方創生について議会としての取り組みに関する質問で、調査に回答した議会の62.4%が特に何もしていないとのことでした。

 何らかのアクションを起こした議会としては、「特別委員会を設置した」は13.3%、「総合戦略策定の審議会のメンバーに議員が入った」は12.6%、「議会独自で調査・分析を実施した」は5.1%、「執行部に対して議会としての提言書を提出した」はわずか6.0%といった寂しい結果になりました。経済産業省が、地方創生の取り組みを情報面から支援するために、内閣官房(まち・ひと・仕事創生本部事務局)と連携して開発した「地域経済分析システム(RESAS)」を使用し分析を行った議会は0%。統計学的データ、科学的根拠をベースにした議論が議会で行われていない、そうした地方議会の現状がつかみ取れます。

 今回は、上記の調査結果が示すように、地方創生に対して多くの議会のアクションがない中、特別委員会を立ち上げ、議会として提言をとりまとめ、2015年11月に市長に提言書を提出した岩手県宮古市議会の取り組みを紹介するとともに、地方創生と議会のあり方について考えたいと思います。

ワークショップの様子

ワークショップの様子

きっかけは「消滅可能性都市」

 本州最東端の宮古市は、2011年3月11日の東日本大震災で死者517人という大きな被害に襲われました。その宮古市は2014年5月、日本創生会議のレポートの中で、2010年からの30年間で、20~39歳の女性の人口が5割以上減少する「消滅可能性都市」の1つに挙げられました。

 議会ではこれがきっかけになり、人口減少問題への対応が課題の1つになりました。また、2009年6月に制定された「議会基本条例」では、委員会活動の充実強化、委員会からの政策提言がうたわれていたものの、うまく機能していないことに対する問題意識もありました。人口減少対策は、既存の常任委員会を横断するテーマであったことから、2014年10月、議長を除く全議員で構成する「定住化促進対策特別委員会(松本尚美委員長)」を設置することにしました。特筆すべきは、同年11月に「まち・ひと・しごと法」が制定され、12月に国において、都道府県と市町村に対して、「地方人口ビジョン」と「地方版総合戦略」の策定を要請される以前からの動きであったということです。

 特別委員会の目的は、少子高齢化、人口減少が進む中で、あらゆる分野において定住化促進のあり方について、調査・研究・提言を行うものとし、「かせぐ場(働く場の確保)」「わらすかで(子育て・医療の充実)」「ぬぐだまる(生活・環境の充実)」の3つの部会を設置しました。部会名には親しみを持たすために、方言を使用しています。また、委員会のマネジメントの工夫として、部会の正副部会長は期数が少ない若手を抜擢、正副委員長と正副部会長で構成される調整の場としての「理事会」が設置され、若手議員のやる気を引き出す仕組みにしています。

定住化促進対策特別委員会の活動

 定住化促進特別委員会は具体的な取り組みとして、(1)調査・研究テーマの課題の抽出、(2)市民とのワークショップの実施、(3)市民へのアンケート調査の実施、(4)関係団体との意見交換、(5)先進地への行政視察、を掲げてスタートしました。

ワークショップで発表する市民

ワークショップで発表する市民

 2015年3月、特別委員会では、市民ニーズを把握するために、「ストップ!!人口減少対策」をテーマに、市民とのワークショップ「議会とわくわくワークショップ」を開催しました。議会としてのワークショップ開催は今回が初めてだったので、事前に理事会のメンバーが中心になって研修会を開催して本番に臨みました。当日は、38人の市民と24人の議員が一緒になって、少人数のグループで話し合いを行いました。「地場産業の体験学習の機会を」「中高生に素敵な夫婦の話を伝える出前講座を」などの市民の率直な意見、アイデアをたくさん聞くことができました。

 また、子育て世代の市民からの意見を聞くために、市内小学校の保護者を対象に子育てに関するアンケート調査を実施、1500世帯に近い回答をいただき、子育て世代の悩みごとが確認できました。そのほか、ハローワークなどの関係団体とも意見交換を実施しました。また、6月から7月にかけて、各部会ではそれぞれのテーマにあわせて、東北地方を中心に先進地視察も行いました。

 こうした活動と委員会での議論を踏まえ、特別委員会では、執行部の策定中の総合戦略へ反映させるため、当初の予定を前倒しして11月、「定住化促進対策に関する提言」をまとめ、市長に提言書を提出しました。

提言概要版

提言概要版

 「働く場の確保」として、技術取得や資格取得のための奨学金支援制度の創設、サテライトキャンパスの誘致、マリンスポーツを活かしたシティプロモーションの取り組みなど、「子育て・医療」では、県立宮古病院の医師確保、3人目以降の保育料無料化、地域で子育て世代を見守るまちづくりを推進するための「子ども・子育て条例(仮称)」の制定など、「生活・環境の充実」については、空き家リフォーム補助制度の創設、訪問診療、移動販売・買い物代行サービスの充実、定住相談部署の設置などが盛り込まれました。その結果、市が2016年2月に策定した総合戦略には、特別委員会の提言が一部反映されることになりました。

 今回の取り組みを振り返り、特別委員会の松本委員長は、どうしても総花的になり優先順位まで深く議論を掘り下げられなかったこと、財源の議論ができなかったことなどを反省点として挙げています。特別委員会の任期は2017年3月まで、市民ニーズの把握を継続的に行い、総合戦略の実施状況及び成果の検証、評価にも積極的に関わっていく姿勢を示しています。

議会が地方創生で果たす役割

 委員会でテーマを決めて、そのテーマに関連する市民の声をワークショップやアンケートで確認する。それを踏まえて適切な先進地を視察して、その内容などを参考に、提言などの政策としてまとめあげていく。今回宮古市議会が行ったこうした取り組みは、ある意味当たり前のことですが、できていない議会が圧倒的に多いです。これは議会が、二元代表制の一翼として、「政策サイクル」をうまく回せていないということを意味しています。

 地方創生は、首長執行部の仕事、議会は、議員個人として考えていることを全員協議会や一般質問などの場で執行部に投げ掛けるだけ。そんな議員、議会では、地方創生は成功しないと思います。総合戦略の策定に関われなかったとしても、今実施中の事業に対する評価の部分で、議員個人としてだけではなく、議会として関与することは十分可能だと思います。議会としての政策サイクルを機能させる。地方創生の成功には、議会の役割も大きいと思います。議会の覚悟と本気さが問われています。

子育て施設を視察する様子

子育て施設を視察する様子

◇        ◇        ◇

佐藤淳氏青森中央学院大学 経営法学部 准教授
早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員
佐藤 淳
1968年青森県十和田市生まれ。早稲田大学商学部卒業。三井住友銀行での12年間の銀行員生活後、早稲田大学大学院公共経営研究科修了。現在、青森中央学院大学 経営法学部 准教授(政治学・行政学・社会福祉論)。早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員として、マニフェスト型の選挙、政治、行政経営の定着のため活動中。

関連記事
住民と対話する議会を目指して~青森県六戸町議会の議会報告会改革
地方創生実現に向けた学校と地域との連携・協働の在り方~静岡県牧之原市と県立榛原高校との「地域リーダー育成プロジェクト」
復興と地方創生のあいだにあるもの ~釜石市のまちづくり戦略と実践~[まちづくり釜石流]
地方創生の重要政策!地域再生法改正案には何が書かれている?
[長崎・諫早市]文章300文字以内の法則? 「市の総合戦略」をしっかり読ませる広報紙の戦略に脱帽
■早大マニフェスト研究所とは
早稲田大学マニフェスト研究所(略称:マニ研、まにけん)。早稲田大学のプロジェクト研究機関として、2004年4月1日に設立。北川正恭(元三重県知事)が顧問を務める。ローカル・マニフェストによって地域から新しい民主主義を創造することを目的とし、マニフェスト、議会改革、選挙事務改革、自治体人材マネジメントなどの調査・研究を行っている。
関連リンク
早稲田大学マニフェスト研究所ホームページ(外部サイト)
Twitterアカウント(@wmaniken)