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【早大マニフェスト研究所連載/マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ】

第3回 市民が関わるマニフェスト・サイクル~ユースサミット弘前の取り組み~ (2013/6/20 早大マニフェスト研究所)

5月からスタートした早稲田大学マニフェスト研究所による新コラム「マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ」の第3回です。地方行政、地方自治のあり方を“マニフェスト”という切り口で見ていきます。月イチ連載ですが、今月は特別編成で2週連続でお届けします。

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 マニフェストを実現させる上で重要となるのは、どのようにしてマニフェスト・サイクルを回していくかということになります。マニフェストを作成し、選挙を戦い、当選後に実行体制を構築し、それを評価し、内容をブラッシュアップさせるといった一連のプロセスが、「マニフェスト・サイクル」です。このマニフェスト・サイクルの中で鍵になるのが「マニフェストの評価」です。

 前回は、市長のマニフェスト評価を二元代表制の一翼を担う議会の議員がどのように行うか、その実践事例と意義について考えました。今回は、主権者であるわれわれ市民が行う市長のマニフェスト評価の事例として、第6回マニフェスト大賞で首長部門グランプリを受賞した弘前市の葛西憲之市長のマニフェストの第三者評価を実施した市民団体「ユースサミット弘前」の取り組みを紹介し、市民がマニフェストの評価に関わる意義を合わせて考えていきたいと思います。

マニフェスト評価により「お任せ民主主義」からの脱却を

提言書

提言書

 マニフェストは、選挙を「お願い」から「約束」に変える、つまり、政策中心の選挙、政治の定着を目指すものです。市民にも選択したものとしての重い責任があります。

 従来 の選挙の公約は、「福祉の充実した○○市を作ります」「環境に優しい○○市を作ります」といったように、誰もが反対しない内容で、スローガン調、抽象的、そして「あれもやります」「これもやります」といった優先順位が不明確なものがほとんどでした。そして、従来の公約の一番の欠点は、具体的な記述がないので、その公約が実現できたかどうか事後検証ができないことです。裏を返せば、われわれ有権者が政治家に対して「白紙委任」をしているようなものでした。 政策の中身をチェックすることもなく投票し、選挙が終わったら当選した政治家に任せ、行政サービスをただ受け取ればよい、いわゆる「お任せ民主主義」の状況でした。

 これからは、市民自らが主体的に参加して実現する民主主義に、進化していかなければなりません。そうしたことからも、市民がマニフェスト、マニフェスト・サイクルに関わることには、大きな意味があると思います。

葛西市長のマニフェスト・サイクル

葛西市長のマニフェストとアクションプラン

葛西市長のマニフェストとアクションプラン

 2010年4月の市長選挙で、葛西憲之弘前市長は、「ひろさきを“笑顔あふれる”まちにする」をキャッチフレーズに、7つの政策と103の個別事業を示したマニフェストを掲げ当選しました。就任後6カ月で、マニフェストすべてを行政計画として位置付ける「弘前市アクションプラン」を、市の基本計画に代わる戦略的実行計画として策定しました。そのほか、「部長実行宣言(部長マニフェスト)」を策定、各部の目標と責任を明確にし、プランを進める機構改革などを行い、マニフェストの実行体制を構築していきました。

 マニフェストの評価に関しても、2011年5月に6,000世帯を対象に、「市民評価アンケート」を実施しました。また、プランに掲げた目標の達成状況や施策の取り組み状況について、市役所内の「市政戦略会議」を中心に自己評価を実施し、評価結果報告書に取りまとめ公表しました。第三者評価としても、学識者と市民、関係団体代表などによる「市民評価会議」を立ち上げ、市民の実感や専門家の視点に基づき、プランそのものの妥当性も含めて検討し、プランに掲げた目標の達成状況などを評価結果報告書としてまとめ公表しています。

 そして、自己評価、第三者評価の結果、2011年に起きた東日本大震災などの社会環境の変化を踏まえて、進化・成長するマニフェスト、アクションプランとしてプランの改訂を毎年度実施しています。こうしたマニフェスト・サイクルを確実に回す取り組みが評価され、葛西市長は、第6回マニフェスト大賞で首長部門グランプリを受賞しました。

ユースサミット弘前によるマニフェスト評価

 ユースサミット弘前は、弘前青年会議所、弘前商工会議所青年部、市内のスポーツ団体、学生団体等、地域で活動する異業種青年団体などで組織され、10年後の弘前を考えるために活動している市民団体です。2011年の5月のユースサミット弘前の会議の際に、地域に活動する青年団体として、葛西市長のマニフェストを市民の視点でしっかりと評価することが重要だということになり、マニフェストの第三者評価を実施することを決定しました。

 評価を行うに際してまず、ユースサミット弘前のメンバー4名と有識者のアドバイザー1名で「市長マニフェスト第三者評価委員会」を立ち上げました。また、100の施策が掲げられている葛西市長のアクションプランすべてを評価することは、ボリューム的に厳しいと判断し、「市民主権システムを実現することに関わる事業」「市役所の仕事力を高めることに関わる事業」「商工業振興に関わる事業」など、20事業を評価することにしています。

評価委員会の様子

評価委員会の様子

 評価軸としては、政策に対する事業の妥当性を評価する「マニフェストの妥当性の評価」、政策実現のために示された事業の進め方が妥当か否かを評価する「事業の進め方の妥当性評価」の2つの軸を設定し、市民実感を大切にして評価することにしました。実際の評価では、市民評価アンケート、市政戦略会議の自己評価、市民評価会議の第三者評価の結果を踏まえて、市役所の担当職員からのヒアリング、意見交換を行いながら進めていきました。

 評価委員会は、10月、11月、12月の3回、それぞれ3時間程度開かれました。単なる批判だけではなく、できていないことに対しては、自分たちが何かできないかといった視点で、熱い議論が行われました。その評価結果は、10の政策提言を盛り込んだ「市長マニフェスト進化・成長に向けた提言書」としてまとめあげられ、葛西市長に提出されました。

 提言の中には、「市民参加型まちづくり1%システムの申請支援を、ユースサミット弘前で実施する」「市民総参加で弘前を全国に売り込んでいくための全庁組織や仕組みを作る」などがあり、提案した10の提案のうち、8つが何らかの形で実現しています。また、ユースサミット弘前のマニフェスト評価の取り組みは、2012年にも継続して行われ、子育て、人づくり分野の12事業を評価し、5つの政策提言を行っています。

 実際にマニフェスト評価を行ったユースサミット弘前のメンバーは、「評価を積極的に受けようとする葛西市長の姿勢と、市民視点の意見を市長に届けられたことがうれしかった」「メンバーの中でも意見や見解が異なることもあり、意見の多様性が分かり楽しかった」「マニフェストの詳細を理解することで、マニフェストと自分たちの仕事との関連性、自分たちにやれることは何かを意識できた」等の前向きな感想を述べています。

 また、自身のマニフェストに対して、ユースサミット弘前からの評価を受けた葛西市長は、「自己評価や市民評価会議の第三者評価とは別に、さまざまな方に評価していただけることに非常に感謝している。多くの市民の方に市政に関心を持っていただき、主体的に関わっていただくことが、弘前市の更なる活性化につながると思う」と話し、多様な主体によるマニフェスト評価の重要性と、評価をきっかけとした市政への積極的な参加への期待について述べています。

市民がマニフェスト評価に関わる意義

葛西市長への提言

葛西市長への提言

 ユースサミット弘前の取り組みから、市民が市長マニフェストを評価する意義を2点にまとめたいと思います。

 1つ目は、市民が市政のチェックの役割を担うことにより、「お任せ民主主義」を脱却するきっかけになるということです。マニフェストと従来の公約の一番大きな違いは、事後検証が可能か否かということです。その検証、評価に市民が参画する重要性は言うまでもありません。行政に任せきりではなく、マニフェストの評価に参画することが、行政に緊張感をもたらすとともに、市政に市民自らが責任を持つきっかけになると思います。

 2つ目は、マニフェストの実行プロセスへの市民参画です。ユースサミット弘前のメンバーの感想にもあるように、評価を通して、市の現状が分ることにより、自らが行政のためにできることは何なのかを考える市民が出てきます。つまり、マニフェスト・サイクルのマニフェストの実行プロセスに参画しようとする市民が現れてくるということです。そうした賢明な市民を増やしていくことが、自立した「地方政府」の実現の道につながっていくと思われます。多様な市民による首長マニフェスト評価の取り組みが、全国で行われることを期待したいと思います。

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佐藤淳氏

青森中央学院大学 経営法学部 専任講師
早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員
佐藤 淳
1968年青森県十和田市生まれ。早稲田大学商学部卒業。三井住友銀行での12年間の銀行員生活後、早稲田大学大学院公共経営研究科修了。現在、青森中央学院大学専任講師(政治学・行政学・社会福祉論)。早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員として、マニフェスト型の選挙、政治、行政経営の定着のため活動中。

■早大マニフェスト研究所とは
早稲田大学マニフェスト研究所(略称:マニ研、まにけん)。早稲田大学のプロジェクト研究機関として、2004年4月1日に設立。所長は、北川正恭(早大大学院教授、元三重県知事)。ローカル・マニフェストによって地域から新しい民主主義を創造することを目的とし、マニフェスト、議会改革、選挙事務改革、自治体人材マネジメントなどの調査・研究を行っている。
関連リンク
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