マニフェストを起点とした市民参加と協働のまちづくり  |  政治・選挙プラットフォーム【政治山】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
トップ >  記事 >  連載・コラム >  早稲田大学マニフェスト研究所 連載 >  マニフェストを起点とした市民参加と協働のまちづくり~静岡県牧之原市の取り組み(後編) 男女協働サロンを活用した津波防災計画作り~

【早大マニフェスト研究所連載/マニフェスト学校~政治山出張講座~】

マニフェストを起点とした市民参加と協働のまちづくり~静岡県牧之原市の取り組み(後編) 男女協働サロンを活用した津波防災計画作り~ (2013/3/21 早大マニフェスト研究所)

関連ワード : 東海 災害 静岡 

ご好評いただいている「早稲田大学マニフェスト研究所」連載。今週は議員・首長などのマニフェスト活用の最新事例をもとに、マニフェスト型政治の課題や可能性について考える「マニフェスト学校~政治山出張講座~」をお送りいたします。今回は、市民参加と協働のまちづくりに取り組んでいる静岡県牧之原市の事例の後編として、「男女協働サロン」の手法を活用して、地区ごとの防災計画を策定した様子をご紹介します。

◇        ◇        ◇

東日本大震災を踏まえて

 今回は、前回に続き、牧之原市の「マニフェストを起点とした市民参加と協働のまちづくり」について紹介したいと思います。

 2011年3月11日に発生した東日本大震災は、われわれの心に、地震と津波の恐ろしさを刻み込むとともに、日ごろからの防災、減災の取り組み、備えの重要性を再認識させるものでありました。特に、南海トラフの巨大地震が想定される東海地方にある牧之原市にとっては、防災、減災への対策は、大きな地域の課題です。牧之原市では、前回紹介した「男女協働サロン」といった手法を活用して、2012年7月から、市内の10の小学校区ごとに結成した「地区自治推進協議会」のうち、津波が想定される5地区で、自分たちの地区ごとの防災計画を策定してきました。

津波防災まちづくり計画男女協働サロン

真剣に議論をしているサロン参加者

真剣に議論をしているサロン参加者

 全国的に見て、従来の防災計画の作り方は、コンサルタント業者に丸投げ、ひどい場合には、名前と地図だけが変わり、どこの市町村でも同じような内容になってしまう場合もありました。また、防災担当部署だけで考えると、どうしてもハードの整備が中心となり、ソフトの事業が少なくなります。そして何よりも地域の住民が自分たちで作ったものではなく、市民と行政、また地域の市民同士の合意形成がないので、いざという時に実際に機能するかは甚だ疑問です。そうしたことから、牧之原市では、西原茂樹市長の発案で、これまで実践してきた「サロン」を活用して、津波防災まちづくり計画を策定することになりました。

 津波防災まちづくりサロンは、2012年7月から今月まで、沿岸部の5つの「地区自治推進協議会」で、「地区津波防災まちづくり計画策定委員会」を組織し、開催されました。そして、それぞれの地区の委員会では、1回のまち歩きと、6回の地区男女協働サロンと、3回の地区津波防災まちづくり計画策定委員会、そして最後に報告会、つまり、1つの地区で10回の「サロン」(策定委員会、報告会もサロン形式で開催)、5つの地区合計で、なんと延べ50回の「サロン」が開催されました。サロンはすべて夜の開催で、参加の市民の方々は、仕事が終わってから、それぞれの地域のコミュニティーセンターなどに集まります。これまでの「サロン」同様、会場の飾り付けをして、お菓子を準備し、「自分だけしゃべらない」「人を批判しない」「楽しい雰囲気で」という3つのルールの下で、市民ファシリテーターが、会の進行を担いました。

投票により事業の優先順位を決める様子

投票により事業の優先順位を決める様子

 今回の地区男女協働サロンの参加者は、地区の自治会のメンバーのほか、警察、榛原総合病院、消防団、小中学校職員、PTA、県庁職員(土木事務所、中部危機管理局、中部地域政策局)、市の部課長および職員と、関連する利害関係者、各地区おおむね40名で構成されました。第1回は、趣旨説明と今後の進め方などについて話し合い、第2回は、地区のまち歩きを実施し、気になったこと、気づいたことを各人がまとめました。まち歩きを踏まえて、第3回、第4回では、課題、検討項目を整理しました。そして、第5回、第6回では、それまでの課題整理を受けて、ハード事業(避難場所の確保、避難路の整備)、ソフト事業(サインや情報提供、日ごろの意識や避難訓練、災害弱者対策)に分けて、それぞれの地区に合った具体的な事業を検討して、またその事業に優先順位を付けました。最後の第7回では、計画書案の確認と、付帯意見の検討が行われ、計画書がまとめ上げられました。また、「サロン」のほかにも、若者から防災に対しての意見を集めるために、広告代理店の電通の協力の下で、インターネットの会員専用交流サイト(SNS)を活用して、地元の高校生などから67件のアイデアを集め、議論に反映させました。

大事なのは合意形成のプロセス

 西原市長が今回の「サロン」で大切にしたのは合意形成ということです。それは、行政が先行した計画は、市民に浸透せず、どんなものでも途中で頓挫するからです。つまり、行政と市民との合意形成、地区の市民同士の合意形成がとても重要だということです。西原市長は今回の津波防災まちづくり計画男女協働サロンを振り返り、「市民は、学んで、気付いて、やる気になる。まずは『自分の命は自分で』です。そして助け合って共助、そのあとは公助です。市の責任も重いですが、市民との協働ですから力強いです。ここがスタート、これから全市民を巻き込んでの男女協働サロンです」と話しています。西原市長の言うように、ここからが、協働のまちづくりの新しいバージョン、牧之原市民の更なる本気と覚悟が試されるところだと思います。

協働のまちづくりの成功の要因

サロンの講評を行う西原茂樹市長

サロンの講評を行う西原茂樹市長

 前回と今回、静岡県牧之原市で実践されている協働のまちづくりについて紹介してきました。最後に、牧之原市の取り組みから導き出される協働のまちづくりの成功の要因を《市長の本気度》《知識とスキル》《キーマンの存在》、の3点に絞ってまとめたいと思います。

《市長の本気度》
 前回書きましたが、牧之原市の取り組みのスタートは、西原市長のマニフェストでした。マニフェストは、選挙のための道具ではなく、その作成、選挙、実行、評価といったマニフェスト・サイクルを確実に回していくことで、地域に変化が起きます。また、マニフェストを必ず実現させるのだといった政治家の覚悟と本気さも問われます。西原市長は、多忙な中、今回の津波防災まちづくり計画の男女協働サロン、出席要望のあった46回のうち31回に参加(出席率67%)し、市民のワークショップの議論を現場でしっかり見て、最後に市民の意見に対する講評を欠かさず行ってきました。その他、様々な講演の場面で、「サロン」を活用した協働のまちづくりの重要性を発信し続けています。こうした行動により、協働のまちづくりの重要性とそれに対する市長の本気度が、市民、市役所の職員に伝わっていきます。トップがまずその行動で示すことが重要です。

《知識とスキル》
 「協働のまちづくりをやりましょう」と市長や役所の職員が言っても、市民はそう簡単に動いてくれません。それは、協働に対する知識もスキルも持ち合わせていないからです。牧之原市では、市民ファシリテーターが大活躍していますが、このメンバーも最初からノウハウを身に付けていたわけではありません。前回も触れましたが、会議ファシリテーター普及協会の釘山健一さんの研修を受けて、まずファシリテーションの知識とスキルを学びました。牧之原市では、「サロン」を運営できる市民ファシリテーターを養成するために、こうしたファシリテーション研修会をこの7年間で5回開催し、延べ99人の市民の方が受講してきました。また、この研修会には行政の職員もこれまで延べ56人参加しています。こうした協働のまちづくりを支える仕組みが必要になります。

《キーマンの存在》
 協働は、市民と行政が一緒に行うことですが、円滑にこの取り組みを進めるためには、市民にも行政にも核となるキーマンが必要になります。牧之原市の場合、市民のキーマンは、もちろん、積極的に「サロン」の運営に関わる市民ファシリテーターの方々です。また、行政では、市民と市役所の中とをつなぐ政策協働部地域政策課の職員がその役割をしっかり担っています。市民ファシリテーターが活動しやすい場を作り上げるために、献身的に仕事をしています。市役所の中の各部署との調整、時には議会との調整を行い、協働のまちづくりの実質的なコントロールタワーになっています。こうしたキーマンとなる市民や役所の職員の存在も欠かせません。

 市民参加と協働には、行政、市民両方に覚悟が必要です。掛け声だけではない、牧之原市の様な、本物の市民参加、協働のまちづくりを行う自治体が全国に増え、住民自治が進展することを期待したいと思います。

 

佐藤淳氏青森中央学院大学 経営法学部 専任講師
早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員
佐藤 淳
1968年青森県十和田市生まれ。早稲田大学商学部卒業。三井住友銀行での12年間の銀行員生活後、早稲田大学大学院公共経営研究科修了。現在、青森中央学院大学専任講師(政治学・行政学・社会福祉論)。早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員として、マニフェスト型の選挙、政治、行政経営の定着のため活動中。

■早大マニフェスト研究所とは
早稲田大学マニフェスト研究所(略称:マニ研、まにけん)。早稲田大学のプロジェクト研究機関として、2004年4月1日に設立。所長は、北川正恭(早大大学院教授、元三重県知事)。ローカル・マニフェストによって地域から新しい民主主義を創造することを目的とし、マニフェスト、議会改革、選挙事務改革、自治体人材マネジメントなどの調査・研究を行っている。
マニフェスト学校~政治山出張講座~
マニフェストを起点とした市民参加と協働のまちづくり~静岡県牧之原市~ (2013/03/07)
九州一安心・安全なまちづくり~宮崎県小林市の事例~ (2013/02/21)
マニフェストを活用した行政改革~スピード開票事例(2)指示待ち職員から自ら考える職員へ~(2013/02/07)
早大マニフェスト研究所 連載記事一覧
関連ワード : 東海 災害 静岡